「形」になった記憶

写真を撮った人の記憶。その写真を見た人の記憶。
写真に撮ってもらった人の記憶。その写真を撮った人のファインダーごしの記憶。
写真を撮った本人が、時間が経過したあとで再度その写真を見た場合、
そこに写し出された画像としての記憶は、どんなふうに蘇るのだろうか。

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きっと見るたびに違っているかもしれないし、いつ見ても新鮮に昨日のことのように
蘇る場合もあるかもしれない。
しかし、もともと記憶というものはあいまいで不確かなものだ。
勝手にどんどん事実が別の記憶にすり替えられていっているかもしれないということにさえ、実は本人も気づいていなかったりする。

まだ雪のない冬の日に海岸で撮った風力発電と昼の月の写真をプリントしてみた。
それを見ていると、あの時ファインダーごしにながめた感覚が蘇ってきた。
かなりの寒さだったということも思い出したが、その刺すような冷たさの感覚はもうとっくに記憶の彼方へかき消されていた。
空を切り取ったような写真を手に持ちながら、今自分は「記憶」を形があるものとして触れていると思った瞬間に、なぜだか笑みがこぼれた。

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by space_tsuu | 2009-06-18 00:00 | 私の心とその周辺
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