幸せは白いTシャツ

この『幸せは白いTシャツ』を買って読んだ時、私はまだオートバイの免許は持っていなかった。
私がこの本に出会ってからおよそ三年後くらいに、中型の免許を取ったことが、免許証を見て確認することができた。

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実際にオートバイに乗ってから読むのと、乗っていない時に読んだのでは、格段に感じ方が違う。あらためて読み直してみると、実際に自分がオートバイにまたがっている時の振動や排気音、暑い日差しでTシャツから出ている腕が真っ黒に陽焼けしたこと、土砂降りの中、ずぶぬれになりながら走ったことが鮮明に思い起こされてくる。
経験はいつでも想像をはるかに超える。五感で味わったことは、実感として体のすみずみに残っていて、ある時、ふと鮮やかによみがえる。経験したことのないことには実感も共感もともなわないのだと、この本が教えてくれる。
次に抜粋したぴかぴかのタンク・ローリーについて走ることも何度か体験したことがある。そのたびに、ここに書かれているような光景に自らが入りこんで体験しているということを楽しむことができる。

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『ぴかぴかのタンク・ロリーのうしろについて走った。タンクぜんたいがクローム・メッキしてあり、陽ざしを受けとめて鋭く輝いていた。タンクの後部も、ぴかぴかだった。円型のぜんたいが鏡のようで、鮮明にうしろの光景をうつしていた。ついて走っている自分とオートバイとが、そこにうつっていた。円型のまんなかにむけてすこしふくらんだ凸面なので、自分そしてさらに自分のうしろの光景が、広角レンズのように広くうつった。タンク・ロリーは前方へむかって走り、そのうしろについている自分も、タンク・ロリーとおなじスピードで前へ走っていきつつある。視界の両わきの光景は、したがって、後方へ流れていく。だが、タンクのうしろにうつった光景のなかでは、いま自分たちがうしろへ置き去りにしつつある光景が、前方へと、丸い凸面鏡となったタンク後部の周囲へ、吸いこまれるように消えていった。前へむけて走っていくタンク・ロリーと自分、そして後方へ流れ去っていく両側の光景。そこへさらに、タンクにうつっている後方の光景が加わってしかもその光景は前方へ消えていく。タンク・ロリーはディーゼル・エンジンの排気を濃く吐き出していたが、それにもかかわらずしばらくうしろについて走って充分に面白かった。』

そして、三好礼子さんというモデルになって登場している女性の写真はどれも素敵なのだが、なぜかこのオートバイを洗っている写真がずっと心に残り、いつか私も自分のオートバイをこういうふうに洗うんだと思ったことを思い出した。

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この物語は長篇連作シリーズ・オートバイの詩(2)夏として書かれたようだ。扉には、次のように書かれてある。
『時間の経過は誰に対しても均等で平等です。問題は、その時間のなかでなにをするかです。美しい彼女は旅に出ました。旅に出ているあいだに両親は離婚し、帰る家がなくなってしまいました。旅の行くさきにも、あてはないのです。すくなくとも二年は帰らないという意思があるだけです。旅の彼女に、陽が照り風が吹き、雨が降ります。それだけで、彼女は充分に幸せなのです。』

そして、(1)は秋「ときには星の下で眠る」、(3)は春「長距離ライダーの憂鬱」だ。(4)冬が「淋しさは河のよう」とタイトルだけは決まっていたのだけれど、出ないまま今に至っているようだ。ストーリーもひょっとしてできあがっているか、途中まで書いてそのままだったりするのだろうか。。淋しさは河のようとは、どういうことなのか。
季節は冬だ。その冬の寒さの中、ライダーが河にそってオートバイを走らせたりするのだろうか。そして河のそばで暖をとりながら一杯の紅茶を飲んだりするのではないか、などととりとめもなく想像をふくらませてみたりする。もちろんそんなに単純な話ではないだろう。とても気になる。


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北原仁美
おばあさん
国民宿舎のギンガム・シャツの男
将棋をやっているふたりの男
中年の男性
北原美枝子
びっくりするほどに派手な花模様のワンピースを着たおばさん
木村大太郎(タンク・ローリーの運転手)
北原弘太郎
ビーチにネットを張ってバレー・ボールをやっているグループ
ごく淡いブルー・グレーのスカートに、白い半袖のシャツを着て、華奢な高いヒールの、きれいな赤の靴をはいた美しい顔立ちの女性
ごま塩の坊主頭の、小柄な老人
島本三津子(ハイヒール・サンダルに淡いオリーヴ色のコットン・パンツをはき、黒の半袖ポロシャツを着た演歌歌手の女性)
750CCのオートバイの青年
単気筒の400CCに乗った青年
キャンプをしていた二十三歳の男性と二十一歳の女性(一台のオートバイにタンデムで海苔、全国を旅行している)
マンションの管理人

空冷4サイクルの並列直立2気筒、排気量がふたつのシリンダーをあわせて444ccのオートバイ(全長がフヌヌセンチで、地面から前のウインカーまでの高さが88センチ。 黒くとそうした部分とクローム・メッキの部分で成り立っている)
一件したところごく平凡な、ディーゼル。エンジンの14000リットルのタンク・ローリー(タンクも運転室も、あらゆる部分が恋緑色に塗ってあった)
ダットサン・トラック
ぴかぴかのタンク・ロリー
赤いダットサン・トラック

白いTシャツ
ブルージーンズ
スウェット・シャツ
ショーツ
渋いオレンジ色のTシャツ
自転車用のショート・パンツ
きれいなブルーのソックス
きれいな深みのあるネイヴィ・ブルーのコットンのニット・ドレス
ピンクを主たる色としたベルト
白いTシャツの三枚パック

淡いベージュ色のセーム皮の手袋
サドル・バッグ
ダッフル・バッグ
コーデュラ・ナイロンのバッグ
メッシュのスタッフ・サック
三冊のバインダー・ノート
折りたたんで小さくすることのできる、ルーフ・プリズムの八倍の双眼鏡(視界は1000ヤードで四五0フィートを確保できる)
ミノックスの35GT
エクタロームの64
洗面用具
わずかな化粧道具
ロード・マップ
小さく折りたたんだ一人用の簡単なテント
ブランケット
オーガナイザー・ウオレット
コイン・パース
ビーチ・サンダル
国民宿舎のロビーの、ブルーの電話
新書判の本とおなじくらいの大きさの、六穴のバインダーに入ったルース・リーフのノート
ヴェランダのデッキ・チェア
皮製のベルト・パウチ
エアー・サロンパス
ポケット・クッカー
シエラ・カップ
カセット・プレーヤー


ガラスの器にはいった大粒の梅干し
渋い味のほどよく出た、暑いくて香りの強いお茶
魚を中心にして、かたちどおりの料理
八丈島の海水(タンク・ローリーのなかみ。 富士山の雪どけの水でワインに使うというのは嘘)
ビール
新鮮な魚をふんだんに使った料理
お茶
氷イチゴ
ラーメン
やわらかい焼きそば
三色素麺
オムライス
チャーハン
目玉焼き
ソーセージ
雑煮
トウモロコシ
お茶
コーヒー
冷や奴にビール


朱塗りの箸
テニス・ボール二個入りの缶を広口瓶にしたような、透明なガラスの瓶

西伊豆の3LDKのマンション

雨あがりの小さな町の、電話ボックス

白いTシャツの、丸いネックの中央から胸のふくらみのあいだにむけて、白いTシャツは一直線に切り裂いてあった。ネックの喉もとから胸の正面にかけて、ぴったりと閉じすぎて暑いので、今日の午後、彼女がナイフで切り裂いたのだ。

彼女は、顔をあげた。そして、なにのためでもなく、なんの理由もなく、やさしく微笑した。

年季をつんだ人がつくった上出来の梅干しだということは、彼女にもわかった。色がなんとも言えずに微妙だし、大粒の梅の皺のよりぐあいが、見る人の気持ちをそそった。紫蘇の葉が、いくつもの梅干しに魅力的にからまっていた。
塩のからさが海の水以外は苦手である彼女は、塩からいといやだな、と思っていた。だが、からさはほとんど感じなかった。よく干して陽ざしをたっぷり吸いこんだ梅の実は、塩と紫蘇の葉とによって、なつかしいほのかな甘味すら、彼女は感じた。

「なにをしようかと考えてると、面白くて楽しいアイディアが次から次に出てきて、困るほどなの。」

腹筋の力だけで、彼女は布団のうえにはね起きた。

「私はどうなるのでしょう。ふりかえるほどの過去もありませんし、あてにする将来も、いまのところないのです。私の手もとには、現在だけがあるのです。そして、その現在は、とても素敵です。」
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by space_tsuu | 2013-09-22 00:00 | 赤い背表紙(長編)
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