彼らがまだ幸福だった頃

「ホテルの部屋は、他人によって用意され整えられた空間だね。誰がどんなことに使ってもいい空間だから、はじめからホテルの部屋は、中立なんだ。しかも、さっきみたいに、人が使った形跡のない、整えたままの部屋だと、なおさら中立の空間になる。中立とは、つまり、そこでどんなことがあってもいいということだし、どんなことを起こしたいかは、写真を見る人の自由な夢なんだ」

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あらゆる光のなかでこの女性を見たい、と彼は思った。真夏の青い空の下、海辺の鮮明な光のなかではじめて彼女に会ったとき、彼はそう思った。見せてあげる、と美しい彼女は言う。徹底的に見てほしい、と彼女は思う。彼と彼女と光との、これ以上ではありえないほどに幸福な関係のはじまり。

これは、カバーの扉の文章だ。
こうしてはじまった彼らの幸福な関係は、『彼らがまだ幸福だった頃』というタイトルを重ねて想像するなら、その後は、幸福ではなくなってしまったのだろうかと考えた。

このストーリーの中に登場する彼女は、将来なににもなりたくないと思っている。だから、この中では無職であり、絵のモデルをしていたりする。なににもなりたくないということは、誰かの妻になったりすることも含まれている。自分をできるだけあいまいなものしておきたい、要するに、自分になりたいという。自分に対する枠や限定のようなものを、出来るだけすくなくしてきたいという意味だそうだ。
一方の彼も、彼女と似ている。彼と彼女は似たものどうしだ。
そう考えると、やはり、彼らは、いずれ別れるしかないのだろう。
しかし、彼らにとっては、それでいいはずだ。幸福だったのだから。

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ストーリーが始る前に、若月勤さんのポートフォリオが収録されている。片岡さんは、本の内容と写真が合っていなくて、書き直したい、僕の失敗だったと言っているのを「ぼくのホームページ」の本人による解説のところで読んだ。
写真はどれも素晴しいから、一冊の本の中に、片岡さんのストーリーと、若月さんの写真集が収録されていると思いながら見ると、二倍得したような気分が味わえる。
だから、片岡さんが失敗したと言っても、私にとっては、失敗でもなんでもない。
でも、もし、書き直して再版されることがあるなら、それは、とても嬉しい。



池田
彼女

オフ・ロードを得意とする2サイクル
750ccの4サイクル

五○ミリのレンズをつけた、愛用のシングル・リフレックスのカメラ
二八ミリ、五○ミリ、そして一○○ミリのレンズ
ASA一○○○の高感度フィルム
スライド用のフィルム
キューバン・ヒッチ
横幅が一メートルあるビーズ・スクリーン

お茶
熱いコーヒー
砂糖を入れないアイス・ティー
ルーム・サーヴィスの夕食
コーヒー
クロワサン
ミルク
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by space_tsuu | 2007-03-02 00:00 | 赤い背表紙(中編)
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