結婚のヒント

前半の第一部は、結婚について、座談会の形式で、五人の男性が語っていく。
仕事で特化する男性と都市化への道を突進していく女性に接点がないのは、社会のありかたから生まれていること、いちばん生きがいを感じるのは会社的ではない生きかたかもしれないということなど、結婚などせず、六十になっても出来ることを、若いうちから自分の生活の中心軸にしておき、たとえば炭焼きの専業になればいいのではないかというようなことがアイディアとしてあげられている。

後半第二部では、三人の作家の座談会だ。三人とも離婚を経験している。
普通の人ひどが生きることの意味を失った国で、生活を楽、得、きれい、の基準で選んでいき、うつろいゆく流行やそのときどきのどうでもいいような欲望や衝動に乗っかり、漂うとしか言いようのない日常のなかをゾンビのように生きていくというような話から、自分たちの離婚の話、最後には小説のストーリーのヒントを探しだしていくような内容で終っている。

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そして、扉の文章には、こうある。

『モノポリーの用具一式に、ブリッジとポーカーのカードをそれぞれひと組づつ、そしてそれに玉突きのキューのふたつに切り離すことの出来るのを加え、すべて持ち歩いていた日々がかつて僕にはある。ずいぶんと呑気な日日だった。いまでもこの四つのゲームはたいへんに好きだ。人生はモノポリーのようなものだと言う人がいるけれど、僕にとっては人生はブリッジでもありポーカーでもあり、玉突きでもあるから、忙しい。昨年の夏にはホノルルからの帰り道、飛行機のなかでずっとモノポリーをしていた。最後のゲームは成田に着いても決着がつかず、ホテルに部屋を取ってゲームを完成させ、ついでにブリッジとポーカーもして、夜はすぐに明けた。昔の悪友たちと玉突きをするために、ホノルルへいった帰りだった。』

戦後生まれで、生まれた時から、ただ単に流されながらあいまいに生きてきている私たちは、目に見えないボードゲームの上に立っている。これでいいのだろうかと思いながら、けれども何をするわけでもなく、何もできないまま、サイコロをふり続ける。そして、なににも気づかず、何かを理解するわけでもなく、いつのまにかゴールだ。この本は平成六年に書かれたもので、それからさらに十年が経過しているが、きっとこれから先も、このような状態はさらに加速度を増していくのだろう。




北村景子
清水
後藤
岡部
笠井
和田
編集長
中野
島津
高木


第一部

「足音は内面だ」

「精神活動は言葉だよ」

「そうではなくて。想像して死ぬのです。自分が死ぬ時の状況を、毎日ひとつずつ、僕は想像して楽しんででます。何歳頃、どんな理由で死ぬか、そしてその死の瞬間を、僕は想像するんです。いろんな死を僕はすでに死にましたけれど、老いた自分が老衰で死の床に横たわり、おなじく老いた妻がかたわらにいてくれるというのが、いちばん想像しがいがあるというか、充実してますね。その証拠に、そういう死を想像して死ぬときには、泣けることがあるから」

「別れる、というクリエイティヴな作業。それまでは見えなかった彼女、というものが見えてくる場合だってあるだろうし」

「読み終わった本は、閉じるほかない」

「ある部分で期待を持つと、それ以外の部分が見えなくなる」

コーヒー
ケーキ
ハンバーガー

第二部

コーヒー
紅茶

『どしゃ降りでローソンの軒下』

ハイテクの小さい凧
ミノックス35GT

「基本的にはひとりでいたい人なんだ」

「ひとつの場面、ワン・シーンが、そっくりそのまま、くっきりと思い出になっているていうケースだね」

「思い出はストーリーだろうか。ストーリーというものは、思い出なのだろうか」
「ずるくてしかも自分を持っていない女性は、なにかあるとそのつど、答えを求めてしまう。しかも、自分にとって有利な、自分の安心出来るような答えを」

「人の人生なんて、冗談みたいなもの、という言いかたはどうだろう」

「質のいい冗談でありたい」

「大人の男女間系とは、たとえばモノポリーのようなひとつのボードゲームみたいなものなんだ。ということ。それが、はっきりとわかる。何人かが、そのゲームに参加する。複雑なルールの、立体的な交錯が生み出すそのゲームの面白さの中核は、結婚なんだ。結婚すると、そのゲームの面白さの中心に身を置くことが出来る。しかし、それで完成するとか答えが出るということはまったくなくて、なにしろすべては冗談のようなものなのだから、結婚してからその先、なにがどう展開していくのか、誰にもわからない。結婚すべきだとは言わないし、結婚しろとも言わないけれど、結婚するといちばん面白いことになる。それは確かだ。」

「そして結婚しない人は、そのゲームが持っている多彩で多様な面白さの、いちばん外側をいくようなものだね。そうなると、ほとんどの場合、面白くもなんともない。終わりがある。答えが出てしまう。そして終ってみると、その人はびりか、あるいは、びりから二番目だ」

コーヒーの香り、シナモン・トーストの香り、それにシャンプーないしはリンスの香り。
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by space_tsuu | 2006-05-05 00:00 | 赤い背表紙(中編)
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