モノクロ写真に紅一点

まだ春という言葉を聞くにはほど遠い気温の低い朝、彼女は寝室の窓を開けて外の様子を観察した。空はどんよりと灰色の雲でおおわれていた。
彼女は寝室を出てキッチンへ行き、冷蔵庫の中からミネラル・ウォーターを取りだし、グラスいっぱいに注いだ。そして居間のほうを向きながらグラスに入った水を一気に半分ほど飲んだ。居間のガラス戸の向こうはサンルームになっている。そのサンルームの窓の外へ視線を伸ばしながら、あとの半分を飲んだ。ガラス戸ごしに見える外は寝室で見たのと同様の灰色だった。鳥が二羽、お互いを追いかけあうようにしながら、窓の外を斜に飛んでいった。
彼女はふと海が見たいと思った。
彼女は海を見ながら運転することに決め、簡単に身支度を整えてからガレージに置いてある車に乗り込みエンジンをかけた。

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海に沿って国道を南下するように続くルートを彼女は走った。右側に鉛色の海が横たわっていた。冬の海は白い波しぶきを幾重にも重ねあわせながら、ひとり遊びをしているように見えた。右前方から海を隠すように松林が見えてきた。松林は台風の塩害によって葉が全て枯れ落ちていた。枝もところどころ伐採されて、青々としていたはずの松の面影はどこにもなかった。フロントガラス前方に視線を戻した彼女は自分が進んでいく道路のアスファルトを見るともなく見ながら、しばらく運転に没頭した。

グレーのダッシュボードの先にはシルバーの車体、そしてその先は灰色のアスファルトと白いラインだ。右には灰色の海と葉っぱのついていない灰色に近い色になってしまった松林が視界の片隅に入ってきては後方に消えていく。前方から来る対向車も白やグレーばかりが多かった。ふと彼女は自分が白黒の世界の中を走っている感覚に陥った。近付きつつある信号が黄色に変わるのが目にはいった。彼女はモノクロの映画フィルムの中の信号機をそこだけ黄色のマーカーで塗りつぶしたのを見ているような気持ちになった。すぐに信号は赤になった。彼女は車を停止させた。信号の赤いライトを見ながら、ふと彼女はこのルートの中で写真を撮ることを思いついた。このルートのどこかに適当な場所を見つけてそこに立ち、カメラを構えて、まるでモノクロのように見える背景をバックに一台だけ走ってくる車を撮る。その車は真っ赤な車がいいと彼女は思った。

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by space_tsuu | 2005-04-09 00:00 | 私の心とその周辺
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