「コーシー」の想い出

昔働いていた美容室は御茶ノ水駅と神田駅と秋葉原駅を結ぶ三角形のちょうどまん中あたりにあった。 近くには、まるで時代劇に出てくるような名前の「三河屋」 さんという店があったりした。 秋葉原の電気街に勤めるOLさんやサラリーマン、近くの住人たちがお客様だった。
今ではもうないのかもしれないが、その頃、店の近くには芸者組合があったので、年輩の芸者さんたちも結構いらしてくれた。
インターンだった私は芸者さんなんて見たこともなかったので、初めて彼女たちのシャンプーをした時には、ものすごく驚くことがあった。
きちんと結われたアップの髪を花の蕾を一枚一枚めくるようにほどいていくと、てっぺんに「かもじ」と呼ばれるものが置いてあり、それを取るとツルツルのほっぺのようになった頭頂部が現れる。
一瞬息を飲んだが、なにごともなかったかのようにブラシで髪をとかしシャンプーにはいった。
シャンプーをする感触も髪の毛のあるところとないところが入り交じり不思議な感覚だったが、一週間に一度のシャンプーは芸者さんたちにとっては何より気持ちのいいものだったそうだ。

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あの頃に私をかわいがってくれた芸者さんは、もう何年も前に亡くなってしまったが、ふと思い出す時がある。
私がコーヒーが大好きだという話をすると、自分の部屋に飲まないで置いてあるだけのコーヒーがあって、それをプレゼントしてあげるから休みの日に遊びにおいでと言われて行ったことがある。 狭い下町の風情あふれる小路の古びたアパートの一室からインスタントコーヒーの瓶を持って出てきた姿を思い出す。
彼女は「コーヒー」を「コーシー」「歩いて」を「歩って」と言っていた。
私が働いていたお店の店長も下町生まれの下町育ちだった。彼からは、秋葉原駅のほうに市場があり、その市場のことを「ヤッチャバ」というのだと教わった。
インスタントコーヒーの瓶を見ると、記憶の底からあの頃の光景が蘇り、私は「コーシーを飲んだあと、ヤッチャバまで歩って行く」などとつぶやいてみたりする。

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by space_tsuu | 2006-01-19 00:00 | 私の心とその周辺
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