アールグレイから始まる日

かたわらに積み上げてある何冊かの中から、この一冊を手にとって読み始めてしまうと、ああ失敗したと思ってしまう。
失敗した、というのは、面白すぎて読み続けてしまうという意味だ。読み続けてしまうのがダメだという意味ではなく、他のやらなければいけないことを後回しにしても読み続けたい、あるいは、読んでいる時に邪魔がはいったりしたら困るではないかという意味だ。
でも、片岡さんのエッセイには時々そう思いながらも再読したい魔力がひそんでいる。
時代が変わっても、新たに発見することが多い。それだけ内容が濃厚で幅広くその時その時において勉強になることがちりばめられているのだ。

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ふと、付箋がしてあることに気づき、そのページを見てみると、「複眼とはなにか」という題名で次のようなことが書かれていた。少し抜粋してみよう。

『複眼、という言葉をよく目にする。複眼の思想とか、複眼のすすめ、といった文脈で使用される。単一のせまい範囲内に限定されたものの考えかたや価値観を超えて、もっと広い視野で自分や世界を多元的にとらえる能力を、一般的には意味している。単眼から双眼を飛び越えて複眼が、多くの人たちによって人々にすすめられている。
ほんのすこしだけスケールを大きくとって考えると、単眼とは、たとえば自分の世界として日本しか知らないことだ。日本に日本人として生まれ、日本の教育を受けて育ち、自分が日本人であることをなんら疑っていず、日本のなかでのみ通用する価値観やものの考えかたを身につけ、これからも日本のなかでだけ生きていこうとしている人たちは、複眼をすすめる人たちの側から見ると、典型的な単眼であるということになる。
(中略)
複眼のすすめは、じつは自分のなかにある日本をある程度まで捨てなさい、という提案だ。削って捨てると言っても、身についたものはすべて頭のなかにある。記憶の内部に蓄積してあるものを、必要に応じて切り取って捨てることは、すくなくともいまのところ人間には不可能だ。だから次善の策として、日本ではないもの、日本的ではないものを、かなり真剣に学習して身につけなければならない。本当に複眼をめざすなら、そのような学習は、何年も持続される必死の勉強になるはずだ。日本とはまったく異なった文化の側から、日本をさまざまに見ることが出来るようになるのが、複眼の第一歩だ。異なったもうひとつの文化を真に自分のものにするのは、誰にとっても至難の技であるはずだ。 』

英語を勉強している私にとって非常に興味深くもあり、君の勉強の仕方ではまだまだだよと言われているような気がして耳が痛くもあるが、最近少しマンネリ気味になってきた気持ちに活を入れられた感じがした。

ここに書きたい部分はほかにもたくさんありすぎて、書ききれないけれど、少しづつ時々開いて読みたいので、この本はいつも傍らに置いておこう。

最後に、表紙を開いてすぐに飛びこんでくる素敵な文章を、ここに載せて、私もアール・グレイの紅茶でも飲んでみようかな。

『紅茶はアール・グレイ。ポットに湯を注いで、一日が始まる。新聞から天気図を切り抜き、今日までのに加え、紅茶を飲みながら観察する。東へ去る高気圧。それを追う低気圧。前線の影響、雨模様。しかし今日はいまのところ晴れている。沿岸の海風が、低めの気温のなかで、魅力的なはずだ。海風に触れてこよう。すぐに出かけよう。今日はそのための一日。二杯めをカップに注ぎ、自分の一日が本当に始まる。』







Part 1 アールグレイから始まる日

---海岸にて、というタイトルでなにか書いてください

ひときわ広い平らな砂浜のまんなかで、ふたりは片手をつなぎあった。彼がまっすぐに立って、中心軸となり、いっぱいにのばした彼の腕を片手で握って、彼女は届くかぎり遠くまで脚をのばした。その足先をコンパスのように使い、彼女は砂の上に大きな円をひとつ描いた。中心軸の彼が、彼女の動きにあわせて、すこしずつ回転していった。
「これが僕たちの世界だ」
と、彼が言った。
「なかに入ってみましょう」
ふたりは円のなかに入った。円のまんなかに立った。そしてふたりは抱き合った。陽が降り注ぎ、風が吹いた。彼が言った「僕たちの世界」のなかで、その瞬間のふたりは最高に幸せだった。

---昼寝についての本を書くために

ボブ・シャコキスの短編集

---知らぬ町 雨の一日 冬至なり

---おいしかった二杯の紅茶

植草甚一さんの自宅で出していただいた紅茶
横溝正史さんの軽井沢の別荘で出していただいた紅茶

---僕が一度だけ見たUFO

---ただいまスフィンクスの上空を通過中です

飛行機のなかで紙コップのコーヒー
スフィンクス。ピラミッド。ナイル河。ヒマラヤの高峰。パミューダのトライアングル上空。ロッキー山脈。ポール・マッカートニーの牧場。

---ドーナツの穴が残っている皿

ドーナツ・ホール(アップル・ソースをかけて)

---理想の窓辺にすわるとき

---もうひとつの椅子

日本製とアメリカ製のディレクターズ・チェア

---僕たちのはじめての海

ビール
海にある水は野菜ジュース

---散歩して鮫に会う

---道路への関心と小説

『佐多への道』アラン・ブース

---本を一冊も買わなかった日

タタード・カヴァー・ブックストア(コロラド州デンヴァー)

---僕がもっとちも好いている海岸

マウイ島のぜんたいを上空から見ると、人の胸像を横から見たような形をしている。その顎の下あたりにあるマアラエアから30号線を西にむけて自動車で走るのが、僕は子供の頃からたいへんに好きだった。ほかの場所もいいのだが、マウイの西側を海沿いに西へ、というコースは特にお気に入りだ。ラハイナからさらに西へ、胸像の頭のてっぺんに至るまでのルートは最高だ。

ホノアピイラニ・ハイウエイ
ホノ(湾という意味)

---タクシーで聴いた歌

---ひと口だけ飲む世界中の酒

満月の夜、猿は葡萄を口のなかで噛み、大きな樹の幹から枝が分かれている部分の窪みに、自分が噛んだ葡萄を入れ、樹の葉を何枚もかぶせて蓋をしておく。
そのまま、次の満月まで放置しておく。次の満月が来たら、猿はその樹へ登り、重ねた葉の蓋を取る。なかば発酵してすこしだけ酒に近い状態になっている葡萄を、手ですくって食べる。

---地球を照らす太陽光の純粋な原形

『ナショナル・ジオグラフィック』
マダガスカル

Part 2 男だって子供を生まない

---物語を買いまくる時代

---見られることから始まる

---人にあらざる人

--- 男だって子供を生まない

---複眼とはなにか

---オン・ザ・ロードとは

---「理解」などするからいけない

---カタカナだけの昼食

ビール。インポート。スモール・ボトル。オードヴル。スモーク・サーモン。スープ。コンソメ。コールド。ロブスター。アメリカン・ソース。ステーキ。メディアム。サラダ。トマト。ドレッシング。フレンチ。デザート。アイスクリーム。ヴァニラ。コーヒー。ブラック。

---僕はわき見をしていた

---課題人生論

---東京で電車に乗ると、なにが見えますか

---いかに生きたら、もっともかっこういいか

男性の生きかたをかっこういいものにするには、まずどこかへむけて大きく偏ることだ。そしてその偏りを、自分が満足いくようにまっとうしようと思うなら、頭のなかにある時空間はものすごく複雑に重層したものとならざるを得ない。高純度にクリエイティヴなかたちで、その人にしか出来ないようなわがままを、一生かけてつらぬきとおした人。そしてその結果として、たいへんに高い社会性をひとつ獲得した人。天才あるいは天才にごく近い人たちの生きかたは、簡単に言うならこんなふうなことなのだと僕は思う。

---とてもいい友人どうし

---民主主義は買えなかった

---手軽で安い人たち

Part 3 風に吹かれて謎になる

---ストーリーは銀行に貯金してある

ドーナツとコーヒー

---ひとりでアイディアをつつきまわす午後

--彼女たちに名前をつけるとき

---課題作文『思い出のメルヘンの一冊』

---アメリカと父親小説

『モーテル・クロニクルズ』(サム・シェパード)

---風に吹かれて謎になる

ジョルジュ・デ・キリコ

謎と言えば、彼の絵のなかで僕にとっての最大の謎は、塔や建物の頂上でいつも強い風に吹かれてはためいている、細長い三角形の旗たちだ。

---拳銃魔と再開する日

『拳銃魔』

---父親と万年筆

パーカーの万年筆

---青春映画スターとの再開

---鉛筆を削る楽しさ

ウエンガーやヴィクトリノクスによるスイス・アーミー・ナイフ

---彼女から届く絵葉書

---西陽の当たる家

---僕はいまでも万年筆を買う

神田・駿河台下の金ポン堂

---午後の紅茶の時間とは

砂糖もレモンもミルクも使わない午後三時の紅茶

---人は誰もが物語のなかを生きる

小説を書くことは僕にとってはゲームだ。

---恋愛小説のむこう側

Part 4 アビーロードのB面

---僕はきみが欲しい

白く分厚い小さなカップに入った熱く濃いコーヒー

---陽が射してきた

「陽が射してきたわ、もうだいじょうぶよ」

---なぜなら

ダーク・グリーンの皮表紙の手帳

「泣けてくるよ」
彼が言った。
「どうして?」
「空が青いから」

---いつも代金を払わない男

どこへいくあてもなく、どこへいく必要もないまま、彼はどこへむかうでもなく、ただ歩いた。自分の足の運びに合わせて。一、二、三、四と、彼は数を数えた。五、六、七。
七はセヴンであり、セヴンはヘヴンと韻を踏んでいることに、彼は気づいた。
セヴン(質)という言葉は、それを声に出して言うとき、その声が消えかかる寸前、ヘヴン(天国)とおなじなのだ。七歩ずつ歩いていると、歩くたびに天国ではないかと、彼は思った。いちから七まで何度かくりかえしつつ、彼はどこへともなく町の歩道を歩いた。

---サン・キング

シナモントースト。マーマレード。ベーコン。卵二個。紅茶。
Ah,here comes the Sun King.

---ミスタ・マスタード

白に近いクリーム色のフォルクスワーゲン

赤い林檎

空が青かった。陽ざしが明るかった。青い空と明るい陽ざしとは、どんなときでも彼女の気持ちを軽くしてくれた。雨が続く日々のなかに出現する、今日のような素晴らしい日には、彼女の心はうっかりするとどこかへなくしてしまいそうに、軽くなった。

---パムとはパミラのことか

「人には、それぞれのストーリーがあるのよ。でも、そのストーリーがどのような結末になるのか、誰も知りません」
「結末は死だよ」彼が言った。
そして、彼女は、次のように言いかえした。
「誰もが幸福に死ねる、というものではないのよ」
彼女のその台詞に対して、彼はなにも言うことが出来なかった。彼女は楽しそうに笑い、その笑顔いっぱいに陽が当たった。
「さあ、こうして誰もが幸せだわ」
パミラが言って、目を閉じた。

ワイン
紅茶
クッキー

---彼女は浴室の窓から入って来た

---ゴールデン・スランバーズ

---その重荷を背負う

---The End

夢を見ていたのだ。彼と抱き合い、ひとつの林檎をおたがいの口で支えつつ食べていくという、すこしだけ奇妙な夢だった。

---女王陛下




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by space_tsuu | 2013-07-18 00:00 | 赤い背表紙(エッセイ)
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