花のある静かな日

彼女が待ち合わせを指定した桟橋をいろんな考え事をしながら三往復歩くと幸せな気持ちになったという冒頭で始まるストーリーのあと、さまざまなショートストーリーがおさめられている。
中でも、時々思い出すのが退屈な会議中にいろいろと空想するストーリーだ。
その会議室には窓がなくアルミニウムのフレームにおさめられた海の絵があるだけなのだ。もし、この部屋に窓があるなら、外の風景はどんな風景がいいのか想像する。そしていつしか、その窓は会議室の窓ではなく浴室の窓ならどうだろうと空想は移行していく。ついには、その風呂のなかにいる自分はどんな自分がいいのだろうかというところにその想像は到着する。

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彼女はシャワー・ルームで夜おそく月の光だけでシャワーを浴びる。月明かりのなかでさめざめと泣いてシャワーをあびながらときどきマルガリータを大きくひと口ずつ飲んでいるといいと思う。グラスの縁のつけてある軽い塩味に頬をつたわって流れ落ちる涙の味が加わる。そして最後にそのマルガリータはブルー・マルガリータだったのだということにする。シャワーを出てからは普通のマルガリータにし、さらに二杯ほど飲んで熟睡する。それが少しだけ尾をひいて次の日の朝にはテキーラの陽が昇るのだ。

泣きはしなかったけれど、一度この真似をしてシャワーを浴びながらマルガリータを飲んだことがある。涙のかわりにシャワーの水滴がカクテルグラスの中に入ってしまった。部屋に窓がない場所に行くと、いつもこのストーリーを思い出してひとり心の中で苦笑してしまう私がいる。




西本牧子

優子

井上雅子
安西祐二
村上健次郎
村上祥子
前田東平

森川好夫
古屋孝志
佐藤紀代子
吉田晃子

夏子
祥子
美恵子
典子
直子
江利子

百合子

近藤美佐子
黒岩建二
京子

佐伯真理子

コーヒー

エスプレッソ
すこし癖の強い紅茶
ワイン
ブルーベリーの缶詰め
トーストにマーマレード
ベーコンを添えた目玉焼き
ポットに入った紅茶
エスプレッソ
カルヴァドス

メルセデス
ワイン・レッドなどと言いかたは絶対避けたい流麗さと精悍さとが絶妙なバランスで溶けあう赤い

ステーション・ワゴン

『エンドレス・サマー』

モカンボ・ホテル

『ブラックベリーの冬』
『ブラックベリー・ウインター』

あれば便利かもしれない。しかし、こんなものがなくてもすむような状況、あるいは、こんなものを製品として考えかなけれつばならないような状況がどこにもなければ、それに越したことはない。

浴槽のタイル張りの縁をへて、窓がある。窓ガラスは浴槽の縁から天井まで届いている。浴槽のなかにすわっている自分が顔を外にむけると、ガラスは顔のすぐ前だ。
そのガラスごしに、雨に濡れた緑の葉と一輪だけの白い花を、自分は見る。窓ガラスを指先で拭ってみる。顔を接近させてみる。白い花に対して、感情が急激に移入されていく。あの花は自分だ、と自分は思う。あ、これも、いい。雨に濡れている白い花に、きわめて情熱的な口づけをしたい衝動に駆り立てられる。いいぞ、いいぞ。

雨と自分との区別がつかなくなるほどに雨を見ていると、私はいつのまにか雨になります。そしてその雨が私を見るのです。
私は、私を見ているのです。

雨を半日だけ眺めたら、なにが記憶出来るのかしら。

本来の自分に戻ろう、と彼女は決意した。クールで安定した、いっさいの傾きのない、なににも強く影響されることのない、自給自足のような自分へ、一刻も早く戻ろう、と彼女は思った。

恋愛感情を自分は自給自足できるのだと、と彼女は思った。

「それに、青い空は、仰ぎ見るものです。これも気分のいいことだし、輝く青い空には、視線をさまたげるものがなにひとつないのね。視線はどこまでも、無限にのびていくの。そのことのうれしさや安心感が、人々にとって青空を肯定的なものとしています」
「白い雲は、無限のはるか手前に存在していて、青空の無限を増幅してくれるのだわ。視線をより遠くへ、そしてさらに遠くへと、誘いこむ役を果たすものだと私は思うわ」
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by space_tsuu | 2004-12-27 00:00 | 赤い背表紙(短編)
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