五つの夏の物語

扉の文章を抜粋してみた。

「一枚の写真は、記念、思い出、そして経過していく時間の証明。どれもみな過去ですが、現在そしてこれからのドラマを、静かに予測してもいるのです。
過去のなかに、未来があります。あのときのなにげない一枚のスナップ・ショットは、じつはちょっとした魔法なのです。その魔法にまつわる五つの物語が、ここにあります。」

過去のなかに未来があるという部分にとても感銘をうけた。
撮った瞬間にすでにそれは過去になってしまうのだが、その撮った写真のなかにはすでに未来への予感が確実にあるのだと思う。

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そしてもうひとつ、とても気になった内容があったので、ここに書き出してみた。

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「先日の、海岸線の話しは、理解してもらえたかしら?」
と、朝子は松沢に言った。
「誤差の話か」
「 だから誤差ではないのよと、あれほど言ったでしょう」
「計測のしかたによって、複雑なかたちの海岸線の長さは、いろんなふうにちがってくる、という話だった」
「計りかたによって、おなじ海岸線でも、長さは何とおりにもなるの」
「だから、誤差じゃないか」
「計りかたのちがいによって、結果として多少ら誤差が出る、という話ではなく、本質的にいろんな長さがあるのよ」
「おなじ海岸線なのに?」
「そうよ」
「なぜ」
「ほら、なんにもわかってない」
「教えてくれよ」
「計りかたの正確さとは関係なしに、複雑なかたちの海岸線は、おなじ海岸線であっても、何とおりもあるの。だから、どう計っても、それぞれの長さはどれもみな、正しいのよ」
「不思議だねえ。どこか特定の海岸線をひとつ、現実に目の前にすれば、その海岸線はひとつしかないじゃないか」
「現実には、そうなのよ。現実には、ひとつよ。でも、複雑な海岸線は、こまかなギザギザのパターンのくりかえしと積みかさねなのよ。そのパターンを、どこまで細かく考えるかによって、ぜんたいの長さはちがってくるわ」
「無限に細かくとったら、どうなる?」
「海岸線の長さは、無限になるわ」
「しかし、無限の海岸線なんて、あり得ない」
「現実には、そうよ。さっき言ったでしょう。ひとつのでこぼこを、ギザギザ、として理解するか、あるいは、ギザギザギザギザ、として理解するか」
「どこまでも細かく割っていくことが出来るんだ」
「コッホ曲線と呼ぶの。教えたでしょう。部分のパターンが、ぜんたいのパターンと、いつもおなじなの。
そういうのを、フラクタルと言うのよ」
「逆に言うなら、どんなに複雑なかたちの海岸線も、基本的には、ギザでしかないのだ」
「そうね」

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フラクタルとは自己相似性という原理でこれを数学的に表現しようとしたものだそうだ。
フラクタルを意識してものを見ると、それはいたるところにあるそうだ。
宇宙の中にも見出せるし、生き物も実は簡単な法則の繰り返しによってつくられているのでは
ないかという説もある。
f/1揺らぎなども関係あるそうだ。
こうして考えながら身の回りのものに目を向けて観察してみると、とても興味深い。




「過去でさえ過去になる」

杉田正敏
母親
敏則
則子
父親
貴美子
敬文
山崎伸次
相原恭子
大野和彦

お茶
羊羹
ビール
寿司

「この写真は過去なのよ。でもその過去でさえ、ほっとくだけでどんどん過去になっていくの」

ブルー・グレイのフォードのステーション・ワゴン

「没になった短編小説」

篠田朝子
西本謙二
松沢康雄
長崎美江子
遠藤直子
大場

淡い草色の国産の2ドアのクーペ
車種は違うが、興味のない人には見分けがつかないほどに、
造形も雰囲気も似かよっている平凡なクリーム色の2ドア

寿司
ビール
ギブスン

コッホ曲線
フラクタル

「相似性があるんだわ。体が三次元で、心や内臓の働きが
〇・四次元くらいだとすると、合計で三・四次元くらいで、
みんな似てるの。でも、ふらくたるのことを考えてると、
なにを見てもフラクタルになってくるのよ」


「写真は二枚とも靴箱のなか」

土屋道広
松野裕子
秋山美千子
尾崎加代子
柳沢竜二
島田節子

冷えた国産の缶入りのビール
粉チーズの筒
コーヒー

「ある種の素敵なことがら」

栗田節子
大島加奈子
高木東平

ぜんたいが深みのある赤の四輪駆動のヴァン
黒いタクシー
ステーション・ワゴン

海の幸スパゲッティ
トマト・ジュース
コーヒー
奥行きと深みのある、存分に重いワイン
発砲ワインで割った爽快な気分が心のなかに広がる不思議な味のする軽い酒
ひときわ大きな、落ちついた金色で、縁取りされた深い艶のあるダーク・ブルー
の皿に盛り合わせてある料理


インタヴァル・タイマーの機能がある 40ミリから80ミリまで無段階で変化させる
ことの出来る、自動焦点のカメラ


「永遠に失われた」

福島邦子
寿美子

ワイン
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by space_tsuu | 2004-09-04 00:00 | 赤い背表紙(短編)
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