ベージュの幌に雨の音

新しいオープンカーを予約した彼女は、今乗っているオープンカーに乗って、最後のドライヴをすることにした。
空は夏の終わりを名残惜しんでくれと言っているように、右のウィンドーごしに、暑い日差しが運転している彼女の頬に降り注いだ。
それを彼女は心地よく感じていた。
国道を南下して、右側に海をながめつつ、いつもオートバイで走るルートを走った。
途中にある「ロケット発祥の地」という標識をながめると、いつも彼女は、本当にここがそんな場所だったのだろうかと疑問に思う。
しかし、盛大にあおられている髪を左手でなでつけながらアクセルを踏むと、すぐにそのことはどこかへ消えていった。

買ってから10年くらいになるこのオープンカーは、ロールバーがついているが、今度買う車にそれはなく、しかも2シーターだ。
信号待ちで、ふと後部座席に目をやり、人が乗るスペースにしては狭すぎることを再確認して苦笑した。

キラキラと魚のうろこのように光る海の表面を見ながら、今年は砂浜に降りていないことを思い出し、ふと寂しくなった彼女は、途中で引き返し、風車の回る砂浜に行くことにした。

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ここにもう何年か後には、さらに風車が増える予定だという記事を読んだ時の彼女の顔に笑顔が広がっていったことが記憶の中から鮮明に浮かび上がってきた。
その時に飲んでいた珈琲の香りと味も、何かにたぐりだされるように思い出した。
助手席に横になっているステンレスのボトルを彼女は見た。
記事を読んだ時に飲んでいた珈琲と同じものが中には入っている。
風車と海を見ながらこの珈琲を飲もう、と彼女は思った。

風車が充分に大きく見えるところまで走ってきて、彼女は車を停め、自動でしまる幌のスィッチを押した。
そしてステンレスのボトルを持って、風車の下を通り過ぎ、そのまま枯れた草の間を砂浜に向けて歩いていった。

流木を見つけた彼女はそこに座り、珈琲を飲んだ。
海は穏やかに輝いていた。
しばらくその様子を見つめていると、どこからともなく現れた巨大な雲が一気に彼女の背後上空に忍び寄っていた。
この時期特有の雨雲だ。
この雨雲による雨と晴れの境を彼女は何度か見たことがある。

ひとつぶふたつぶと彼女の腕にその雨滴は当たり始めた。
彼女は濡れながら、さらに珈琲を飲んだ。
カップを持っている手を海のほうに長くさし出すと、雨滴がコーヒーにとけ込む様子が見えた。
雨がさらに勢いをましてきたので、彼女は車に引き返すことにした。
運転席に塗れた体を滑り込ませるようにして、エンジンをかけた。
ワイパーを作動させ、さらに海に降る雨をながめた。
海と雨粒の地球を舞台にした壮大なドラマを想像しながら、二杯目の珈琲を一口飲んだ。
バラバラとベージュの幌に打ちつける雨の音が強さを増していった。
この音を聞くのは、これが最後なのだと、彼女はふと思った。

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by space_tsuu | 2008-08-27 00:00 | 私の心とその周辺
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