カテゴリ:赤い背表紙(短編)( 39 )

恋愛小説3

「時間」というものについて思いをめぐらせてみた。
ある日ある瞬間に「自分」がこの世に誕生する。その時、「時間」はすでに遥か昔からゆらゆらと揺らぎながらとぎれることなく流れている。そこに新たに「自分の時間の糸」が加わる。遥か昔からあるといっても、誰も確認できない誰のものでもない「時間」に、絡まるわけでもなく寄り添うように、時にはぴんと張りつめたり緩んだりしながら「自分の時間の糸」は伸びていく。

いつだったか、アコーディオンとコントラバスの男女ひとりづつのデュオのライヴを聴きに行った。初めて見る二人の息のあった絶妙で繊細などことなく不思議な世界に私はすぐに引きずり込まれた。
私はまるで深い森の中でふたりの演奏に出くわして心地よい衝撃を受けたような気分だった。
アコーディオンの彼女は、まるで楽器とダンスをしているように見えた。私は音と時間が作り出す旋律に静かな興奮とともに身をまかせた。
演奏が終わってから、私は彼らのCDを一枚買い、車の中で聴きながら家に帰った。すぐに車の中は、さきほど感じた雰囲気と同じ空間に変わった。家に帰ってからもほどよくアルコールの力をかりて彼らの世界観から抜け出すことなく眠りについた。
そして次の日は朝からそのCDを聞かず、仕事が終わって車に乗り込み、あたりがじゅうぶんに暗いことを確認してからCDのスイッチを押した。
曲が始まると同時に、昨日の夜が再現されたように感じた。昨晩からゆらゆらとゆっくり伸び続けている「時間の糸」が、今日一日仕事をした日中の部分だけ電球の形のようにだらりと垂れ下がり、昨日の夜と今日の夜がつながったように思えた。

音や匂いなどの五感によって、「過去の時間」は記憶の倉庫から形を変えながらひっばり出され、ほんの一瞬「今」とつながる。そして、人はそれをなつかしがったり、悔やんだりする。そんなこととは関係なく「自分の時間の糸」は先へ先へとさらに伸びていく。そしてある時、ぷつりと途切れて、あとかたもなく消えてしまう。
大きくゆったりと流れている誰にでも関係があり、そして誰とも関係のない「時間」の中に、その人の「時間」の残骸だけが、あとには残される。

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次の文章は表紙をめくったページに書かれていたものだ。「春眠暁を覚えず」だったのでしょうか。
きっと夢の中の「知ってる人」も、ゴジラが片岡さんだったら、さぞかしびっくりしただろうななどと想像したらクスっと笑ってしまった。

「ゴジラになった夢をはじめて見ました。相模湾から上がって来て富士山を踏みつぶし、噴火の熱をかかとに感じつつ東名を壊しながら東京へいき、東京タワーをへし折り国会議事堂を蹴とばし、そこから二歩で銀座四丁目、もう一歩で日本橋。地面に手を突っこみ、まさぐって地下鉄をつかまえ、引きずり出して顔のまえにかかげて観察したら、その地下鉄のなかに知ってる人がいてびっくりし、目が覚めたのです。春さきの夜の夢でした。」

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by space_tsuu | 2013-11-20 00:00 | 赤い背表紙(短編)

恋愛小説2

絵を描くのが好きだった。好きだった、と過去形で書いたからといって、今は好きではないという意味ではなく、昔はよく描いていたけれど、最近はめっきり描かなくなってしまったことに対する自責の念からそう書いた。
人生も半ばを過ぎたなぁなどと、あれこれ思いをめぐらせていた時に、子供の頃に好きだったことや、やりたかったことを、これから少しづつまたやってみようかと思いついた。
真っ先に思い浮かんだのは、絵を描くことだった。

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絵といっても、いたずら書きのようなものが多かったけれど、油絵というものを描いたことがなかったので、まずは油絵に挑戦してみようと思った。何かに興味を持つと、不思議なことにその興味を持った事柄に関する情報が集まってくるようだ。自分が気にするから目に入ったり耳にしたりするのかもしれないが、今まで長年いらしてくれていたブティックに勤めているお客様が絵を描く人で、実は他にも本業をもっていて、インテリアコーディネートなどをやっているということを初めて知った。
そこで、彼女の携帯の中にある彼女が描いた絵の写真を見せてもらった。その絵たちは素晴らしく、こんなふうに私も描いてみたいという思いが強まった。
またある日の早朝、車を運転している時に見た朝もやが濃厚な中にかろうじてうっすら見える太陽が、私にこの光景を絵に描いてごらんとそそのかした。
そして、今回、この「恋愛小説2」を久しぶりにブログに更新しようと読み始めたら、冒頭に「美術館で過ごした時間」とあるではないか。そして、ここにも、絵を描けと言わんばかりの魅力的な光景が広がっていた。
そうだ、やはり、絵を描こう。

そういえば、今回この本の中で、久しぶりに片岡さんが書く性的な描写を目にした。
あからさまな表現はなにひとつないのに、というよりは、ないからこそ、読む人の想像力を大いにかき立てる書き方をしていた。
読んだあと、無性に冷たいビールが飲みたくなってしまった。



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by space_tsuu | 2013-11-13 00:00 | 赤い背表紙(短編)

パラッド30曲で1冊

これは片岡さんの本の中でも特に大好きなもののひとつだ。ショートストーリーを「バラッド」にたとえて30編ある。
この30編のタイトルをながめているだけでも楽しい。どこか片岡さんが書く詩を読んでいるようにも思える。
片岡さんの言葉の選び方に感銘を受け、普段の生活の中でも様々な状況に応じて無意識に言葉を探し出し、組み合わせて脳内一人遊びをしている自分に気づくことがある。
「林檎が燃える、あるいは飛ぶ」というタイトルがあるが、この本にめぐりあっていなかったなら、私の頭の中で、林檎が燃えたり飛んだりする様子なんて想像することができていただろうか?
もともと私は言葉遊びが好きなようだ。子供の頃におぼえた「じゅげむ」だけは今でも言える。
大人になった今は、片岡さんのおかげで、さらに言葉遊びに拍車がかかってしまった。
とても楽しい。

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この本は、間々に片岡さん自身が撮った写真が添えられている。
私の大好きな形体だ。
スペアミントの中身を出して並べて撮った写真。小さな白い昼月。ホテルのベッド。空、庭に咲いている赤い花。青空に飛行機雲。銀色に光る富士山の模型。
最近、片岡さんは東京の街のあちらこちらを撮って写真集も何冊か出しているが、この「バラッド30曲で1冊」に載っているような写真もまた見てみたい。
片岡さんはきっと「謎」を撮る人なのだ。「謎」でなければ撮る必要はない。カメラのファィンダーごしに「謎」をじっくり観察し、あるいは瞬間的に構図を決め「謎」を切り取る。
そして切り取ったあとの「謎」を見ながら、さらにその「謎」について思いをめぐらせる。
「謎」についてあれこれ考えていると、私もいつしかその「謎」にとりこまれ「謎」の一部となっていく。

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by space_tsuu | 2012-04-21 00:00 | 赤い背表紙(短編)

恋愛小説

あとがきにこうある。
「この短編集には、六編のストーリーが収録してある。はじめの予定では、七編になるはずだった。しかし、七編めのストーリーを、この本に間に合うように、僕は書くことができなかった。そのストーリーは、僕の頭のなかでは、すでにほとんど出来あがっている。
(中略)
そのストーリーには、男女ふたりと、二台のオートバイが登場する。」
ここで、ふと、時々読んでいるM-BASEさんに連載している「小説とオートバイ」という片岡さんのストーリーを思い出した。

M-BASE 「小説とオートバイ」

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ここでは、ふたりの女性と二台のハーレーについてのストーリーの構想について書かれている。
男女であれ、女性ふたりであれ、なにかしら片岡さんの頭のなかには二台のオートバイについてのストーリーの片鱗がたくさんあるようだ。
これからいつか書かれるであろうそのストーリーたちのアイディアを読んでいるだけでも、それはそれでひとつのストーリーとして充分に楽しめる。完成したひとつのストーリーを読むよりも、さまざまなアイディアを読むことは、もしかしたら、読む人のその時々の状況や心理状態などで、無限にストーリーは広がって行く。
もし自分がオートバイに乗る人ならば、それはさらに奥行きを増していくだろう。
ということで、高原や湖、霧のなかにあるホテル、美術館、そして一杯のコーヒーという頭の中にあるイメージを様々に組み合わせて、自分だけのストーリーの中を走ってみよう。

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by space_tsuu | 2012-03-28 00:00 | 赤い背表紙(短編)

缶ビールのロマンス

地方都市の国道でオートバイ事故をおこして死亡した愛する男性に、さようならと告げるために、彼女は一年かけて限定解除の免許を取得した。
そして、美しいライディング・スーツを着て、彼女は650ccのオートバイで事故現場へ行き、ガードレールのわきに立って手を合わせ、彼にさようなら、と言った。
「オートバイに乗ることも、これでもう二度とないと思うわ」と言う彼女のストーリーを読んで、これもまた正しいオートバイの乗り方なのかもしれないと思った。

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「缶ビールを二本ください」
と、ぼくはおばさんに言った。
「はい。缶ビールを二本」
おばさんはそう言い、店の奥へ歩いた。ガラス・ドアのついた冷蔵庫の前で立ちどまり、おばさんはふりかえった。そして、
「お銘柄は?」
と、きいた。
ガラス・ドアのなかに最初に目についたブランドを、ぼくはこたえた。

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ブランドは何なのだろうかと思う。読む人それぞれに自分の好きな銘柄が浮かぶことだろう。
缶ビールを飲む時、私はいつもこのタイトルを思い出す。そして、冷たいロマンスをひと息に喉にながしこむ。

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by space_tsuu | 2008-10-31 00:00 | 赤い背表紙(短編)

ドライ・マティーニが口をきく

「三日見ぬまの桜かな、と言います。日本の四季感は三日ごとに変わる、と俳人は度胸で言いきるのです。たしかに、日本には、じつにさまざまな季節感があります。それぞれの季節にからめて、いろんな女性の素敵なところや悪い癖をさりげなく描くとこうなるという、これは国語の教科書なのです。」
扉の文章だ。
なるほど、教科書かと思いながら再度読んでみると、全編にわたって教わるところだらけだ。
真似したい素敵な部分、真似をしなくても似てしまっている悪い部分、教科書は、時おり本棚から取り出して復習しなくてはいけない(笑)

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「たいへんな空ね。きれいで、すごいわ。あんな色になるなんて」
(中略)
「気がつかなかったわ、いつからあんな空の色だったのかしら」
ひとりで、恵子は西の空に夢中だった。
「素敵だわ。こんな空にむけて、走っていけるなんて」
(中略)
「いま、四時十分ね。いつから、西の空はあんなだったの?」
佐藤健二の顔を見て、恵子は、きいた。
「ずっと」
と、彼がこたえた。
「一時間くらいまえかしら」
「ずっと」
「残念だわ。もっと早くに見たかったわ」
「太陽が沈むんだよ」
「そうね」
「それだけのことさ。ただの夕陽さ」
「でも、すごいわ」
「冬の夕方には、よくあるんだ」
「ピンクのこんなすごい色って、はじめてだわ」
「冬の色だ」
「一時間くらい前は、オレンジ色だった」
「見たかったわ。残念」
「この色は、もう終わりにちかい色だろう」
「終わってしまうの?」
佐藤は、うなずいた。そして、
「ただの夕陽だよ」
と、言った。
「見とれてしまうわ」
「ぼくは、ごく最近も、見たような気がするな。都心の高いビルの窓から。西の空ぜんたいが、空想の世界のようなオレンジ色だった」
「なにをしてたときなの」
「仕事。クライアントのところへ、いってたんだ。高層ビルの、高い階にあってね。西の空が、よく見えた」
「見たかったわ」
「冬によくある、ただの夕陽じゃないか」
「三度目よ」
と、恵子が言った。
「え?」
「三度目よ」
「なにが」
「ただの夕陽、という言葉」
「いけないのか」
恵子は、返事をしなかった。

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他のストーリーでも、これと似たような会話がある。
太陽の色が白かオレンジかということで意見がわかれて喧嘩をするシーンだったはずだ。
いっけん、たいしたことのないような感覚の相違だと思う人もいるだろうけれど、私にとっても、恵子と同じで重要だ。
こういう感覚のズレはいずれ大きなクレバスとなって崩壊することになる。
同じ夕陽に見えたとしても、全く同じ夕陽はない。同じ瞬間は二度と来ない。

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by space_tsuu | 2008-10-30 00:00 | 赤い背表紙(短編)

夕陽に赤い帆

ベレッタの銃弾をたてつづけに三発受け、絶命する女性、浮気が完璧にばれたことを知って動揺しながらコーヒーを飲む男性、結婚記念日にウィンチェスターM92で撃たれる七人、オート・マグで撃たれるプールの中の女性、キチンにショーツ一枚の姿で立ち、よく冷えた8オンスのバドワイザーをひと息に飲みほす女性。

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『鍛えられた視線は、よけいなものいっさいを削り落とします。トレーニングされた感性は素晴らしい一瞬を見逃さず、言葉による映像に定着させます。透明な陽射しのなかで乾いている叙情を中心に、ハードボイルドをこえるハード・ボイルドからセクシーな情話まで、この視線と感性の持主が描くファンタジーは、限りなく広がります。』
扉の文章だ。

片岡さんの描く人物たちの中心には、いつもハードボイルドが存在していると思う。だから人情や感傷に動じることがなく、クールだ。表面には出ないけれども、それだけではなく、どこかにせつなく甘い部分がエッセンスとして隠されている。
甘いとは言っても、それはほんの隠し味程度に。きっとそれが非情さを緩和させているのではないだろうか。

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by space_tsuu | 2008-10-24 00:00 | 赤い背表紙(短編)

星の数ほど

「花よ食卓に来い」で彼が彼女に朝食を作るという場面で、
「私はアスパラガスが好きよ」
「きみはアスパラガスに目がない。ぼくは、アスパラガスに関して、ちょっとした腕がある」
という会話から、どんなふうにアスパラガスをゆでるかについて彼は説明していく。

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「ゆでたアスパラガスは、一本を指さきに持ってつくづく見ると、ひとつのはっきりした明確な形のある、すっきりした、くっきりとしたものなんだ。それをぼくはおそらく七本は皿に並べるだろうから、アスパラガスのぜんたいは、非常に鮮やかに形を持ってしまう。それとの対比的な関係において、目玉焼きは、不利になる。目玉焼きも、かなりはっきりと形のあるものなんだ。特に、ホワイトの部分が、アスパラガスと衝突する。ゆでた卵のほうが、ずっといい」
「では、卵はゆでましょう」
「殻をむいて、すわりのいいようにして、皿のほぼ中央に置いておく。その卵を、きみはナイフでふたつに切る。縦にも横にも切らず、斜めに切ってくれ。ひとつの動作で、きれいに、しかし優しく、ゆで卵を斜めに切ってくれ」
「どうして斜めなの?」
「そのほうが洒落ている。しかも、食べやすい」
「黄身が皿の上に流れ出てくるのね」
「そう。白身を適当に細かく切った上で、きみは、おなじく適当に切ったアスパラガスを、卵にまぶして食べる。黄身の粘性とアスパラガスの歯ごたえとが、絶妙な関係を作ることの出来るようなゆで加減の卵でないといけない。わかるかい」

私もアスパラガスが大好きだ。ここに書かれたような食べ方をすることもある。
だが、卵を斜めに切るということを思いつかなかった。くやしい。次回ぜひやってみよう。
平凡だと思える人生でも、こういうちょっとしたことでそれは劇的に変化するはずだ。
そして食卓にも、ぜひ花を飾ろう。

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by space_tsuu | 2008-10-07 00:00 | 赤い背表紙(短編)

最終夜行寝台

波に呼ばれる彼ら、樹を切って射殺される男性、自分の心の声に忠実な女性。
海に沈むピンク色のキャデラック、台風で飛ばされる屋根。
さまざまな状況下の、さまざまな人生模様。
しかし、そこにはみじめなつらさも卑屈な感情も一切ない。
現実とはどこか微妙にかけ離れているが、その中に自分と似た人を見つけると
嬉しくなる。

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あとがきで、『瞬間最大風速』について、インタヴュアーの女性が、
台風と台風一過とが、とても効果的に描かれていて、書きたかったのは、
ひょっとしてこの部分なのかと聞く。
しかし、片岡さんは、書きたかったことの中心部分は、もうすこしべつのところにあり、
それを書くために、一六○枚というスペースのなかでの、このようなストーリーを
つくったのだと、言ってもいいくらいだと答えている。
私は、ひょっとして、それは、バンドエイドのことではないかと思った。
素敵な女性の綺麗にのびた足さきの小指のバンドエイド。
正しいだろうか。

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by space_tsuu | 2008-10-06 00:00 | 赤い背表紙(短編)

花なら紅く

「胸のふくらみという生き物が、まっ暗で静かな部屋の空間に浮かんでいるような錯覚を、ひょっとしたら楽しめるのではないかと、僕は思う。胸のふくらみ、という単独の生命体。それがまっ暗な部屋のなかに浮かんでいて、僕はそれにさわりながら、それと話をする。」
と、『胸のふくらみがこう語った』」の中にある。

これを読んでいて、誰かの絵画でも見ているような気持ちになった。
ほんのりとした月明かりの中、暗闇にぽっかりと浮かんでいる胸のふくらみと会話をしている誰かの光景。
どこかにありそうではないか。なかったら、自分で描いてみようかとも、ふと思った。

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ストーリーの最後のほうに、四枚の絵葉書について書かれた文章が出てくる。
アルフレッド・スティーグリッツの『トルソ』という題の一九〇九年の作品、ジョージア・オキーフの乳房を撮った写真、ビル・ブラントの写真を使った絵葉書、ロバート・メイプルソープの正方形の写真を使った絵葉書だ。
今度探して見てみよう。

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by space_tsuu | 2008-08-07 00:00 | 赤い背表紙(短編)