カテゴリ:私の心とその周辺( 55 )

その日はじめてのコーヒー

彼女はキッチンに入り、ケトルに水を入れ火にかけた。

湯がわくまでほんの少しの間、どこを見るというわけではなく、また何かを考えるというような感じではなく、その場に立ったままでいた。


ふと、かたわらにあったチョコレートの箱に視線をうつした彼女は、その薄い箱を手にとった。

箱の右上には31%カカオという金色の文字が光っていた。その下に金色の線でかこまれた赤い正方形があり、中にミルクチョコレートと英語で表記されていた。

彼女はその箱を開け、中の金色の包み紙を指先で切り取り、ひとかけらぶんのチョレートを割った。

横が4センチ、縦が3.5センチで厚みが5ミリほどのそのチョコレートの真ん中には、馬にまたがった裸婦の絵が型押しされていた。

その絵をながめていると、ケトルの細長いそそぎ口から勢いよく湯気がたちはじめた。

彼女は指先につまんでいたチョコレートをいったん小さな皿の上に置いた。


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彼女は火を止め、コーヒー豆を自動で挽いてくれるグラインダーのスイッチを一人ぶんひねった。

コーヒーの香ばしい香りがあたりに瞬時に広がる感覚を鼻腔でとらえ、彼女は微笑した。

コーヒーの淹れ方として、コーヒーの粉を湿らせるお湯をのぞいて、80cc,60cc,40ccを順番に注いでいく方法を何かで読んでいつか試そうと思っていたことを彼女は思い出し、実際にそうやってコーヒーを淹れてみた。

りんごをモチーフにした白いコーヒーカップに出来たてのコーヒーを丁寧に注ぎ、さきほどのチョコレートをつまんだ。

そして、一口かじってから、コーヒーを飲んだ。

チョコレートのおいしさがコーヒーによって増幅され、またコーヒーの香りや味もチョコレートによって最大限に引き出されるのを感じながら、もう一口コーヒーを口に含んだ。

やはり美味しさは一口目が最高だと思いながら、その日はじめてのコーヒーを彼女は楽しんだ。



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by space_tsuu | 2015-06-18 00:00 | 私の心とその周辺

私の心とその周辺

いつものように片岡さんの本から抜粋したことがらをブログに書くために、設定という文字をクリックし、開いたページをなにげなくながめていると、左下のほうに「大切な思い出をブログから一冊の本に」という言葉を見つけた。
何度か見かけていたはずだったが、ふと思い立って、そこをクリックしてみた。
すると、自分のブログを本にしてくれるという記事がそこに紹介されていた。
一冊からでも作れるということだったので、気まぐれに一冊作ってみようかと思いたち、実行することにした。

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最初は、すべての記事を本にしようかと思ったが、すぐに考え直し、「私の心とその周辺」だけにすることにした。
自分が書いたものを自分で編集する気分は、照れくさいような楽しいような不思議な気持ちだった。
読み直していくうちに、これは直したほうがいいかなと思う部分もたくさんあったのだけれど、直さずにその時の自分の気持ちをそのまま忠実に本にしてみたくなった。
だからそうすることに決めて、数日かけて本にする作業を終えてMybooksというところにお願いをした。

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しばらくすると、郵送で自分のもとに薄い一冊の本が送られてきた。
封を開けて、作ってもらった自分だけの一冊を手にとってながめた。
光沢のある表紙には、自分で撮った風車の写真があった。
この写真は、片岡さんがFree&Easyのエッセイに載せてくださった写真だ。
私が送った何枚かの写真を片岡さんがご自分で並べて何枚か撮り、それを使ってくださったのだ。
そのエッセイを読んだ時のことは今でもはっきり覚えている。
読み始めると心臓の鼓動が高まっていくのが感じられたと同時に本を持っている手が心なしか小刻みにふるえているように思えた。
しかし、読みすすめるうちに、どこか第三者的な感覚に自分が変化していき、落ち着きをとりもどしていった。

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この風車の写真を見ると、撮った時の自分の心の動きも思い出す。
白い雲が風車の後ろに、まるくあえてそうしたように浮かんでいて、その右上にはぽっかりと真昼の小さな白い月が浮かんでいた。
心の中で、わぁと叫んだ私はおそらくはたから見たなら、満面の笑みを浮かべていただろう。
そしてその様子を永遠に残しておきたくて私はすかさずシャッターを押したのだった。

その写真を表紙に使った自分だけの本を一冊私は作った。

ここで、ひとまずブログは休もうと思ったので、そうしていたけれど、ブログに書いていない片岡さんの本はまだまだ私のもとに大量にあるし、片岡さんも次々にたくさんの本を出版されている。
どうやらまた私にブログを再開する気持ちが出てきたようだ。
また、心のままに。
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by space_tsuu | 2015-06-17 00:00 | 私の心とその周辺

ハーレーの影は私

ほんの数ヶ月前は30度もあったのに、今日の温度計のデジタルはマイナスだ。
かたわらにある熱いブラックコーヒーが、のどもとを過ぎていくのを感じながら
彼女はパソコンの中にある写真のサイズを調整しながら整理をしていた。
あたたかな部屋の中から雪が降るのをながめるぶんには、まったく問題ないし、四季の移り変わりを楽しめるが、基本的には彼女は夏のひとなのだ。

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いつか読んだ小説のストーリーのように、真冬に南の島へ飛び、滞在するホテルのプールに飛び込んでみたいという衝動がふつふつとわいてくるのだが、まだそれは実行に移してはいない。
今年あたり行ってみようかと思いながら、また真冬は春の光へと少しづつ変化し始めた。
そんなことを思いながらパソコンの中の写真をクリックしていると、オートバイとそれを撮っている自分の影の写真があらわれた。
去年の秋が始まろうとしていた頃に、走って2時間ほどのところにある山へツーリングに行った時のものだ。
さぁこれから走るぞという気持ちを内部に持ちつつ、彼女はハーレーと自分の影を四角く切り取ってみた。
写真をながめていたら、背中にその時の太陽の暖かみを一瞬だが感じたように思えた。
しばらくその一枚を観察していると、なぜだかこの影は自分自身の影ではなく、ハーレーの影のように思えてきた。
ハーレーの影は私なのだと思ったら、また無性にどこかへ走りに行きたくなってきた。
そして窓の外の吹雪を見ながら苦笑した。
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by space_tsuu | 2013-02-22 00:00 | 私の心とその周辺

めざめても夢の中

白いボディーに赤い鶴
ブラックコーヒーと白い雲
青空という仮想空間
レモンペリエの緑色
自分とはなにか
ふれているものすべて
夢のまた夢
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東京という夢の出来ばえ
目覚めたのは何時でしたか
カラフルとモノトーンのあいだ
赤い色だけ取りだしてみる
現実とはなにか
語られるものすべて
この夢のあとさき
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額のなかの謎のほほえみ
ほつれ髪の彼女
アコーディオンとコントラバスのタンゴ
にわかにかきけむり土砂降り
稲妻は青いですか
聞くもの見るものすべて
めざめてもまだ夢の中

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by space_tsuu | 2012-04-17 00:00 | 私の心とその周辺

直径1インチのスカイ・ブルー

やや早めのランチを食べにふたりはイタリアン・レストランに入った。
席に着いて注文をし、店内をさりげなく見渡すと、レジの横に本棚を見つけた彼は、ゆっくりとその本棚に向かった。彼女も誘われるように席を立ち、その本棚の中から一冊の本を手にとって席に戻った。
彼女の本は、和食の作り方を英語で書いてある料理の本だった。
テーブルに料理が運ばれてくる間、ふたりはそれぞれの本に気持ちを集中させた。

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サラダが運ばれてきた時に、彼は読んでいた本を彼女に渡し、彼女はそれをとなりの椅子に置いた。
彼が読んでいた本は色の名前についての本だった。彼女はふたたびその本を手にとり、パラパラとめくってみた。
様々な色の名前が綺麗な写真とともに説明されている内容に加え、ところどころにコラムがあった。
ふと、ある文章に目がとまり読んでみると、「夏の晴天の10時から15時の間、水蒸気や塵の少ない状態で、ニューヨークから50マイル以内の上空を、厚紙にあけた直径1インチの穴から約30cm離れて覗いたときの色」がスカイ・ブルーなのだと書かれていた。
彼女の顔に微笑が浮かび、それをぜひとも実行するために、またニューヨークに行かなければいけないという口実ができたわねと、彼にむかって言った。
「その前にマウイ島ではなかったっけ」と言う彼の前に、トマトソースのパスタが運ばれてきた。
それを見ながら、「マウイのトマトも食べなければ」と、彼女は言い、ふたりは笑った。

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by space_tsuu | 2011-10-25 00:00 | 私の心とその周辺

黒い屋根、グレーのボディに七色の虹

何かが大きく確実に、まるで自分では想像していない方向に向けて変化してしまったと彼女は感じていた。
普段なら感じることのない、どこか不安な得体のしれない感情を心の片隅に感じながら、彼女は本棚へ向かった。
何冊か重ねておいてある絵本の中から彼女は薄くて大きめの一冊の絵本を取りだした。
表紙には、どこか不安げな表情を浮かべた、ふたりとも丸顔の夫婦が寄り添っていた。そのふたりの間から、彼らの不安の原因である不気味なきのこ雲が立ち上っている。
その表紙をめくり、ぱらぱらと中を見ていくと、カラフルだった色合いが次第にくすんで汚れていく。
パレットにとった単色づつの絵の具を無造作にかき混ぜていくように、自然の美しさを人間が汚していく。
裏表紙には、ある瞬間をコマ送りのように細かく分けて夫婦の足の裏が描かれている。そしてひと言「blimey」という言葉が吹き出しにある。

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暖かい陽射しを感じてふと、窓の外を見てみると、久しぶりに見た雲ひとつない青空が広がっていた。
どこを走ったらこんなに汚れてしまうのかというくらいに泥だらけになっていた車をやっと洗えると思いつき、彼女はガレージに向かって階段を降りた。

彼女の心とはうらはらに、暖かい陽射しとどこまでも澄み切った深い青空が幸せの象徴のように彼女の頭上に広がっていた。
ガレージからオープンカーを出し、エンジンを切って、勢いよく車に向かってシャワーをかけ始めた。
ギャラクシーグレーマイカという色のボディを背景に細かい水しぶきの中に彼女は小さな虹を発見した。
水をかけるふとした角度によって現れる、そのきらきらと幻のように輝く七色の虹を見つけた瞬間、ここ数日忘れていた小さな幸せにも似た安堵感を覚えた。
大きく変化したどこへ行き着くともしれない流れの中に、これだけは決して変わることのないものが自分の中に確かにあるのだということを確認できて、彼女はほんの少し嬉しくなった。そしてさらに車にシャワーの水をかけ続けた。

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by space_tsuu | 2011-04-08 00:00 | 私の心とその周辺

白いヘルメットのアメリカ国歌

もうすぐガソリンがなくなることを知らせるオレンジ色の小さなライトが点灯してから、すでに20キロは走っている。暑い陽射しの中、漁港のある街の中へ大きく右にカーブしつつ入った。
ウニ丼と書かれた旗がひらひらと風にはためいている店を何軒かやりすごすと、右前方にガス・ステーションの看板を発見した。
左側には何艘もの漁船が停泊しているのが見えた。
ガス・ステーションに入る前にウインカーを点滅させ、いったん停止し対向車を一台やりすごした。
彼女は徐行しながら給油のためのスペースに入り、自動車をその日陰の中にとめた。
かっぷくのいい中年の女性がオフィスから出て来て言った。
「こんな日はオープンカーだと気持ちいいでしょう」
「そうですね」とだけ答えて彼女は微笑した。

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給油をしている間、次に向かう行き先までの道筋を確認するために、かたわらに置いてあったロードマップを開いた。
給油を終える頃、何台かのオートバイの音がガス・ステーションに入ってくる音が聞こえた。
いつもなら、オートバイの音が聞こえてきたなら、チラリとでもそちらのほうを見てみるのだが、この時はロードマップから目を離さずにいた。
給油を終えた女性にクレジット・カードを渡し、サインをして領収書を受けとり、財布にそれを戻した。
エンジンを始動させ、おだやかに道路に向けオープンカーを発進させつつ、オートバイの彼らのほうをちらりと見た。
ちょうどオートバイのひとりがヘルメットを両手で上のほうに引き上げ、頭からヘルメットをはずし、何か大声で歌い出したところだった。
彼の髪はブロンズ色だった。
歌っている歌はアメリカ合衆国の国歌だということを彼女はその時同時に気づいた。
三人のライダーのうち二人は外国人で一人は日本人の女性だった。
道路はどちらからも自動車は走ってこなかった。
彼女は暑い陽射しの中にふたたび出ていった。


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by space_tsuu | 2010-07-23 00:00 | 私の心とその周辺

答えは「動的平衡」だった

雑誌をパラパラとめくっていて、ある記事に目がとまった。
「私たちのからだを構成する細胞の分子は、細胞よりもミクロな単位の分子レベルで食べ物の分子とつねに置き換わっている。細胞の分裂が起こらないとされる心臓や脳でさえ、細胞の中身の分子はどんどん壊され新しい分子に更新されている。つまり私たちのからだは分子の「淀み」でしかない。
止まることのない流れの上にあるのが生命であり、そのあり方を言い表すのが「動的平衡」だ」ということがそこには書かれていた。

さらに、「私たちのからだには固定されたものは一切なく、分子の淀みがあるだけで、生命は分子の流れの中にこそあるという動的平衡そのものだ。流れをせき止め、分けようとする輪郭線など存在しない。光の粒のグラデーションで描かれているフェルメールの絵のように」ともあった。

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ここで、私が子供の頃に疑問に思っていたことがまたひとつ解決したように感じた。
教室で鉛筆を削りながら、鉛筆の芯の削りカスを見てふと感じた疑問だ。
このひとつひとつの粒が集まったものが芯なら、紙に鉛筆で一本線をひいたその線は、鉛筆の芯の粒の集まりだ。その線を高倍率の顕微鏡で見たら、きっと一本の線は粒つぶの集まりだから、厳密にはすき間のあいた線ではないか。

その粒を分子レベルで考えるなら、動的平衡そのものであり、それなら、鉛筆で書いた線だけではなく、すべては粒つぶの集まりではないのかという疑問だ。
それは電球に集まってなんとなくひとかたまりに見えている小さな虫のようでもある。
そして、そこからすべてのものは幻なのではないのかという疑問にまで発展していった。
子供の頃になんとなく思ったことなので、それは漠然としていたのだが、「動的平衡」という言葉をそこに勝手にあてはめて、私のたわいない疑問は自己完結した。

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by space_tsuu | 2009-12-17 00:00 | 私の心とその周辺

「形」になった記憶

写真を撮った人の記憶。その写真を見た人の記憶。
写真に撮ってもらった人の記憶。その写真を撮った人のファインダーごしの記憶。
写真を撮った本人が、時間が経過したあとで再度その写真を見た場合、
そこに写し出された画像としての記憶は、どんなふうに蘇るのだろうか。

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きっと見るたびに違っているかもしれないし、いつ見ても新鮮に昨日のことのように
蘇る場合もあるかもしれない。
しかし、もともと記憶というものはあいまいで不確かなものだ。
勝手にどんどん事実が別の記憶にすり替えられていっているかもしれないということにさえ、実は本人も気づいていなかったりする。

まだ雪のない冬の日に海岸で撮った風力発電と昼の月の写真をプリントしてみた。
それを見ていると、あの時ファインダーごしにながめた感覚が蘇ってきた。
かなりの寒さだったということも思い出したが、その刺すような冷たさの感覚はもうとっくに記憶の彼方へかき消されていた。
空を切り取ったような写真を手に持ちながら、今自分は「記憶」を形があるものとして触れていると思った瞬間に、なぜだか笑みがこぼれた。

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by space_tsuu | 2009-06-18 00:00 | 私の心とその周辺

いつの間にか消えた

どこともしれない闇夜に

白雪は人知れず幾重にも重なり

いつしか開いた雲のすきまから

覗いた月明かりに照らされる

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手のひらに偶然舞い降りた結晶

その一瞬の冷たさを

緻密で繊細な夢のような美しさを

記憶の中にとどめようと

静かに目を閉じる

その間にすべては

陽炎 稲妻 水の月。。。

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by space_tsuu | 2009-05-11 00:00 | 私の心とその周辺