カテゴリ:私の心とその周辺( 55 )

私の空の心象画

流れていく白い雲
頬にふれる風 昼の月
透きとおる底なしの青い空間
背中に感じるあたたかさ

窓に流れ落ちる雨粒
曇ったガラスを手でぬぐう
そこから見えるグレーのグラデーション
ガラスをとおして指先に感じる冷たさ

三日月と星のジャズライブ
天に広がる天の川の五線譜
黒と蒼の奥行き
首すじに感じる爽やかさ

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海に降る雪
あいまいな空と海の境目
淡いモノトーンの版画のよう
耳たぶに感じる寒さ

空いっぱいに大きくかけられた虹の橋
光と空が創りあげた夢
地球上のすべての色のパレット
まつげの先で感じる空のおおらかさ

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by space_tsuu | 2006-01-30 00:00 | 私の心とその周辺

夜という宇宙空間

だんだん陽が沈んでいく頃、ふと外に目をやるとマンションの灯りが点りはじめ、鳥が巣に戻っていく光景や電線の間にひとつふたつと星が光りだすのを見ることができる。
じっと眺めていると、様々な蒼や赤のグラデーションの変化を経ていつの間にかしっとりとした黒いカーテンがおろされる。

電線だと思っていたのは実は五線譜で、それはゆらゆらと舞い上がり天の川と同化する。部屋の中で流れているジャズの音も音符に変わりながら五線譜と戯れつつ上昇していき星と同化する。いつの間にか月もト音記号になってすましている。星の奏でる曲に誘われるように扉を開けて外に出ると、車やバイクまでもが空高く舞い上がり、いつしか銀河鉄道になって宇宙の彼方へ走り去っていく。

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「私」にとって夜は漆黒の闇ではなく、日中見えなかった宇宙空間が姿を現わしたものなのだ。「私」はアスファルトを両足で蹴り、ジャンプしてみる。地上から両足が離れている数秒間は「私」の身体は宇宙空間の中にいることになる。こうして「私」は月と星のジャズライブを聴きながら数秒間だけの宇宙遊泳を何度も楽しむ。

という絵本はどうだろうと思いながらいまだに実現させていない。

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by space_tsuu | 2006-01-25 00:00 | 私の心とその周辺

ある一瞬の物語

海が見える浴槽

秋の夜の香り

暗い闇の中にたいまつ

ガラスのチャペル

雨つぶは幾重にも重なり広がる輪

私の足には影

雲の扉が開く

月の光のシャワー。  

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by space_tsuu | 2006-01-20 00:00 | 私の心とその周辺

少年かもしれない

片岡さんが「自分と自分以外」という本の中でこう言っている。

「なにごとかに純粋に熱中するのは少年の特権である、としばしば言われているけれど、その少年は熱中することの出来る対象を見つけた人なのであり、その分だけ明確になっている。熱中の対象などまだどこにもなく、したがって曖昧に不定型なまま、なにをするでも思うでもなく、しかしなにごとかを感じているという状態の少年なら、いまの僕はほとんど四六時中、そのような少年でもある。」

片岡さんは後者の少年であるようだ。
そして、私も少女ではない。少年だ。

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ほとんどの少年がその時点で何ごとかに熱中する存在なら、少女はきっと未来に対してなにごとかに期待している夢見る乙女だと思う。
おままごとをやって未来の花嫁に憧れたりしているのは、そのいい例だろう。

そういう意味において、私の心は少年のままだ。

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by space_tsuu | 2006-01-19 00:00 | 私の心とその周辺

屋台の中華そばのブルース

昔の写真を整理していたら友達数人で屋台の中華そばを
食べている写真が何枚か出てきた。
確か夜中に近い時間だったはずだ。
道路の縁石にこしかけて食べている友達もいれば、その
まま立って食べている人もいる。
屋台の椅子だけでは足りないからだ。

写真をながめているとなんとなく昔ながらの中華そばの
香りと味が記憶の奥底から浮かび上がってくるようだ。
写真の中のみんなは食べながら笑っている。
そして食べながら真剣だ。
屋台の中には木でできた小さな引き出しがいくつかあり
そこに鳴門や海苔などがはいっていたと記憶している。

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この屋台の中華そば屋さんは今はもうない。
ご主人が交通事故に遭ったことがきっかけで、年齢から
くる健康のことや保健所の衛生面などがいろいろ結びつ
いた結果、店は再開しないことにしたそうだ。

友達同士で飲んだあと、屋台の中華そばを食べるという
幸せがかつてここにあった。
夜風に吹かれながら熱いスープをすする。
小さな四角い紙の中にあの時の時間が切り取られている。
それを見ている私は現在進行形の中でいつの間にか増え
ていくラーメン屋のことを思う。
そしてあの屋台にはラーメンという文字ではなく、やはり
中華そばという呼び名がふさわしかったのだと確信する。

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by space_tsuu | 2006-01-19 00:00 | 私の心とその周辺

「コーシー」の想い出

昔働いていた美容室は御茶ノ水駅と神田駅と秋葉原駅を結ぶ三角形のちょうどまん中あたりにあった。 近くには、まるで時代劇に出てくるような名前の「三河屋」 さんという店があったりした。 秋葉原の電気街に勤めるOLさんやサラリーマン、近くの住人たちがお客様だった。
今ではもうないのかもしれないが、その頃、店の近くには芸者組合があったので、年輩の芸者さんたちも結構いらしてくれた。
インターンだった私は芸者さんなんて見たこともなかったので、初めて彼女たちのシャンプーをした時には、ものすごく驚くことがあった。
きちんと結われたアップの髪を花の蕾を一枚一枚めくるようにほどいていくと、てっぺんに「かもじ」と呼ばれるものが置いてあり、それを取るとツルツルのほっぺのようになった頭頂部が現れる。
一瞬息を飲んだが、なにごともなかったかのようにブラシで髪をとかしシャンプーにはいった。
シャンプーをする感触も髪の毛のあるところとないところが入り交じり不思議な感覚だったが、一週間に一度のシャンプーは芸者さんたちにとっては何より気持ちのいいものだったそうだ。

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あの頃に私をかわいがってくれた芸者さんは、もう何年も前に亡くなってしまったが、ふと思い出す時がある。
私がコーヒーが大好きだという話をすると、自分の部屋に飲まないで置いてあるだけのコーヒーがあって、それをプレゼントしてあげるから休みの日に遊びにおいでと言われて行ったことがある。 狭い下町の風情あふれる小路の古びたアパートの一室からインスタントコーヒーの瓶を持って出てきた姿を思い出す。
彼女は「コーヒー」を「コーシー」「歩いて」を「歩って」と言っていた。
私が働いていたお店の店長も下町生まれの下町育ちだった。彼からは、秋葉原駅のほうに市場があり、その市場のことを「ヤッチャバ」というのだと教わった。
インスタントコーヒーの瓶を見ると、記憶の底からあの頃の光景が蘇り、私は「コーシーを飲んだあと、ヤッチャバまで歩って行く」などとつぶやいてみたりする。

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by space_tsuu | 2006-01-19 00:00 | 私の心とその周辺

透明になってついていく

透明になってついていってもいい?

あなたの隣に座り、そっと手を握る

あなたの手のぬくもりを透明な脳で感じる

あなたは透明な私にワインをついでくれる

そのワインを私は一口飲んでみる

ワインは空中で上から下に微妙な曲線を描きながら移動し胃にたまる

胃の底辺を形作る赤ワイン

それをだまってあなたは見つめる

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外では雪の結晶たちが手をつないで踊りながら降りてくる

白く積もった雪は私たちの記憶の重なり

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by space_tsuu | 2006-01-16 00:00 | 私の心とその周辺

涙が落下していく

ペーパーフィルターの中に、挽いたコーヒーの粉を入れ、熱いお湯を注ぐ。コーヒーサーバーに少しづつ抽出されたコーヒーがたまっていく。ふと、これも重力のおかげのなのだと気づく。あたりまえすぎて普段は忘れているけれど、コーヒーがコーヒーサーバーにたまっていくのも、そのコーヒーをカップに注ぐことができるのも、すべて重力があるからこそなのだ。

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棚の上に飾られているポインセチア。
ハンガーにかけられている冬用の黒いライダースジャケット。
自分の肩にかかる長い髪。
いつのまにか積もっていく雪。
氷り始めた道路を運転していくこと。
浴槽につかること。
シャワーを浴びること。
そして、こぼれ落ちる涙。

加湿器から上方に向けてふわふわと舞い上がる湯気を見ながら、重力について想う。 

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by space_tsuu | 2005-12-18 00:00 | 私の心とその周辺

ブルーな一日

目がさめる
かすかに冷たい空気

淡く透きとおるブルーの歯ブラシ
石鹸の香りのブルーのコロン

フロントガラスから見えるスカイブルー
信号がブルーになり、ふたたび発進

ブルーグレーのカップで飲むコーヒー
ブルーマウンテンなら、もっとよかった

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ほんのりグリーンがかったブルーのシャンプーボトル
ブルーのライトが光るクリスマスツリー
ついに書けなくなってしまったブルーのボールペン

透きとおったブルーのロンググラス
ついさっき空になったボンベイサファィアのブルー

深夜に降り出した雪
雪も淡いブルーだったら、どんなだろう?

ゆっくりと目を閉じる
心の中に青い月の光が穏やかに満ちていく

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by space_tsuu | 2005-12-11 00:00 | 私の心とその周辺

コーヒー一杯の雨雲

朝起きた時に雲ひとつない快晴だったので、オートバイのガソリンを満タンにして冬眠させるために、今年最後のエンジンをかけた。お昼少し前に外に出たのだが、さっきまであんなに澄み渡った青空には、どこからともなく灰色の雲が音もなく押し寄せつつあった。
午後には雨になるだろうと思い、急いでオートバイにまたがり、ギアを一速に落とし発進した。

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ただガソリンを入れるだけでなく、少し走ろうと思い、海沿いの国道に出た。10分も走ると、首筋のあたりや太ももに寒さを感じ始め、海が見える橋を渡る頃には勝手に身体が震え出した。内側にボアつきのジャケットを着ていたのだが、もう少し風の侵入をふせぐ格好で乗ればよかったと頭のすみで思いながら、信号待ちの時にはエンジンで両手を暖めた。
震えながらもう少し走り、住んでいる場所に一番近いガソリンスタンドで給油した。家に戻るなりバスルームにまっすぐ行き、バスタブに勢いよく湯をため始めた。しばらくして、そのお湯に肩まで浸かり、芯まで冷えきった身体を暖めた。冬が始まりつつある冷たさが、熱いお湯の中に溶け出していくような感覚を覚えた。と、突然、窓の外に、大きな雨滴が当たる音が聞こえてきた。ガラス越しに外を見ると、透明な水に墨汁を垂らしたかのような黒い雲が空一面に広がっていた。

その後、キッチンに行き、ケトルにお湯を湧かし、コーヒーミルのスイッチを入れコーヒー豆を挽いた。ていねいにお湯を注ぎ、出来上がったコーヒーを一口飲みながら、先日読んだ本に書いてあった文章を思い出した。
それは、一杯のコーヒーに使う水を地上に雨として降らせるためには都会のワン・ブロックを完全に占領している20階建てほどの大きさの雲が必要だという記述だった。
外はすでにどしゃ降りに近い状態だった。この雨の量だったら、何杯分のコーヒーが飲めるのだろうと思いながら、コーヒーをもう一口飲んだ。

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by space_tsuu | 2005-11-25 00:00 | 私の心とその周辺