カテゴリ:私の心とその周辺( 55 )

午後の海とブルーハワイのラムネ

ことしの春は例年に比べて肌寒い日が続いていたので、夏の恋しい暑さはまだまだ先なのかと少し寂しく思っていたが、今日は朝からまるで夏の日の雰囲気が漂っていた。
どこで鳴いているのか、カッコウの声が近くに聞こえていた。声のする方向を探してもカッコウの姿は見えず、ほっこりとしたと形容したくなるような声だけが程よい感覚で心地いいBGMのように続いていた。目を閉じるなら、自分は夏の日の高原の別荘にでも遊びに来ているのだと想像することができた。

青い空を見ていたら、ふと露天風呂に入りたくなり、私は車をオープンにし、時おり空をながめながら新しくできたビジネスホテルと天然温泉がひとつになった場所に向かった。浴場は結構広く、様々な内風呂が5つと露天風呂が5つあった。「ごろりん湯」という名前の露天風呂は頭を岩の枕に乗せて仰向けになることができた。仰向けになり、空を見上げると、薄い透明のビニールでできた屋根によって空は遮られ、青空を見ることはできなかった。少しがっかりした気持ちで風呂からあがり、身支度を整え再びオープンカーに乗った私は、無性に青空を心ゆくまでながめたくなった。そして、青空を見るために暑い日ざしの中をオートバイを走らせることにした。

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国道を南下すると右に海が見えるルートを走った。午後の日ざしの中では海は青いというよりは白っぽく、光を反射してキラキラと輝いているのを見ることができた。
20分くらい走るとダミーの風車のある「道の駅」が見えてきた。ウィンカーを左に点滅させ、国道からそこに向かう道路に入っていき、広い駐車場を半周して空いているスペースにオートバイを停めた。平日にもかかわらず、たくさんの車やオートバイが停まっていた。KAWASAKIの1200ccのオートバイからおりたばかりの恰幅のいい男性が自動販売機で何か飲み物を買っていた。私はヘルメットを取り、サドルバッグからオリーヴドラブ色の帽子を取り出した。私は帽子をかぶり、いろんな店が並んでいる方向に歩いていった。店の中ではイカを焼いたものを食べている人やソフトクリームを仲良く食べているカップルがいた。飲み物が入っているケースの中に私はラムネを発見した。普通のラムネのとなりに赤や青のラムネもあったので、私は青い色のラムネを買って外に出た。

海に向けて歩いて行くと、砂浜に向かって数段広い階段が作ってあった。階段を下り、砂浜とこちら側を遮るように作られた白いフェンスによりかかって私はラムネの瓶の周りを囲んでいるフィルムをはがした。フィルムにブルーハワイと書いてあるのをその時発見した。ブルーハワイのラムネを青空に向かって高くかかげ、私は携帯で一枚写真を撮ってみた。青く晴れ渡った空をブルーハワイのラムネの青を透してながめてみた。ラムネの水平線の上に透明な太陽のような玉が、まだ瓶の蓋の役割をして浮かんでいた。私は右手の親指で力強くそのラムネの玉を瓶の中に押し込んだ。透明な玉がラムネの発泡する音とともに瓶の中に踊りこんだ。
私の今年の夏は青空とこのブルーハワイのラムネによって始まった。  

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by space_tsuu | 2005-05-30 00:00 | 私の心とその周辺

片岡さんの写真展

かつて行われた片岡さんの写真展のポストカードだ。残念ながら私が行って、もらったものではなく、親しい女性の友人からいただいたものだ。

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最近は片岡さんの写真展は開催されていないのだろうか。来週COYOTEと富士フイルムイメージングによるトーク・セミナー『COYOTE 旅・写真シリーズ』というのがある。見つけた時にまっ先に応募したのだが、先着150名からもれてしまったようだ。片岡さんがあの素敵な声で何を話すのか楽しみだったのに、とても残念だ。

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いつかまた写真展があるなら絶対行きたいが、あるのだろうか。写真展なら先着順でなくても見れるだろうから。  

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by space_tsuu | 2005-04-11 00:00 | 私の心とその周辺

モノクロ写真に紅一点

まだ春という言葉を聞くにはほど遠い気温の低い朝、彼女は寝室の窓を開けて外の様子を観察した。空はどんよりと灰色の雲でおおわれていた。
彼女は寝室を出てキッチンへ行き、冷蔵庫の中からミネラル・ウォーターを取りだし、グラスいっぱいに注いだ。そして居間のほうを向きながらグラスに入った水を一気に半分ほど飲んだ。居間のガラス戸の向こうはサンルームになっている。そのサンルームの窓の外へ視線を伸ばしながら、あとの半分を飲んだ。ガラス戸ごしに見える外は寝室で見たのと同様の灰色だった。鳥が二羽、お互いを追いかけあうようにしながら、窓の外を斜に飛んでいった。
彼女はふと海が見たいと思った。
彼女は海を見ながら運転することに決め、簡単に身支度を整えてからガレージに置いてある車に乗り込みエンジンをかけた。

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海に沿って国道を南下するように続くルートを彼女は走った。右側に鉛色の海が横たわっていた。冬の海は白い波しぶきを幾重にも重ねあわせながら、ひとり遊びをしているように見えた。右前方から海を隠すように松林が見えてきた。松林は台風の塩害によって葉が全て枯れ落ちていた。枝もところどころ伐採されて、青々としていたはずの松の面影はどこにもなかった。フロントガラス前方に視線を戻した彼女は自分が進んでいく道路のアスファルトを見るともなく見ながら、しばらく運転に没頭した。

グレーのダッシュボードの先にはシルバーの車体、そしてその先は灰色のアスファルトと白いラインだ。右には灰色の海と葉っぱのついていない灰色に近い色になってしまった松林が視界の片隅に入ってきては後方に消えていく。前方から来る対向車も白やグレーばかりが多かった。ふと彼女は自分が白黒の世界の中を走っている感覚に陥った。近付きつつある信号が黄色に変わるのが目にはいった。彼女はモノクロの映画フィルムの中の信号機をそこだけ黄色のマーカーで塗りつぶしたのを見ているような気持ちになった。すぐに信号は赤になった。彼女は車を停止させた。信号の赤いライトを見ながら、ふと彼女はこのルートの中で写真を撮ることを思いついた。このルートのどこかに適当な場所を見つけてそこに立ち、カメラを構えて、まるでモノクロのように見える背景をバックに一台だけ走ってくる車を撮る。その車は真っ赤な車がいいと彼女は思った。

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by space_tsuu | 2005-04-09 00:00 | 私の心とその周辺

雨の壁、霧の壁、虹のふもと

季節も時期もはっきり覚えてはいないが広々とした高原にいた時だったのでおそらく夏から秋にかけてのはずだ。
周りは見はらしのいい遮るものもほとんどないといっていい状態の気持ちのいい場所だった。
自分のいる鋪装された道路の先を視線でたどりつつ遥かかなたにその視線が到着した時に灰色の壁が見えた。
あの壁は何だろうと思う間もなく次第に大きくなり、気づいた時には雨の中に立っていた。道路がだんだん濡れていくところと自分の立っている乾いた部分の境目がほんの一瞬見えた。

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別の日別の場所で、ゴルフをしていると霧があらわれた。霧は雨の時と違って、まるで真っ白い煙の生き物のようにもくもくと近づいてきた。私たちはあっという間に霧の中に包まれた。こんなにも、どこもかしこも見えなくなるものなんだと、その時初めて体験する感覚に、五里霧中という言葉を頭のかたすみに思い出した。そして自分は今、空高い場所に浮かんでいる雲の中にいるのだという想像をして楽しんだ。

先月、温泉に行く途中で虹を見た。車の中から左前方に虹を発見した。車の走って行く方向とともに虹は様々な大きさに変化しながら、右へ左へ、あるいは正面に、またある時は建物に隠れて一瞬見えなくなったりしながら車とともに併走してくれた。車に対して平行になったり垂直に立っている時もあった。そして大きくなった虹のふもとも見ることができた。

まるで嘘のようだが本当だ。夢でもない。いつか夢のようなオーロラをぜひ見てみたい。

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by space_tsuu | 2005-02-04 00:00 | 私の心とその周辺

夏の海とメープルシュガー

六月第三週の月曜日。南から台風が接近している蒸し暑い日だった。
彼女は居間の壁にかかった温湿度計を見た。
二つの針はそれぞれ気温が30、湿度は85の数字を指していた。
シャワーを浴びようかとふと思ったが、すぐにその思いをふりはらい、前から行こうと思っていた海の見える温泉に行くことにした。

ソファから立ち上がり、居間のドアを開け、階段を下りてすぐ左側にある寝室を抜け、隣にある六畳ほどのウォークイン・クロゼットに入った。タオルと下着を小さな布製のケースに入れ、さらにそれを黒いバックパックにしまいこんだ。

彼女はガレージのシャッターを開け、これから少しの間共に走ろうとするのを待っているかのように静かに佇んでいる883ccのガンメタパールのオートバイを見た。

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彼女は国道を南に向かって走った。南に向けて走ると右側にはずっと海が見えていた。
台風が接近しているせいか、時おり強い風にオートバイごと体があおられているのがわかった。道路上の気温計はすでに34度にもなっていた。
右側に松林を見ながらしばらく走ると、右側前方に白い風力発電の風車が一基、ゆっくりと回っているのが見えた。その先を彼女は左に別れる道に進路を変え、立体交差になってい右へ続く道路を標識の案内のとおりに目的地の温泉のある場所に徐行していった。

ここは高速道路にあるサービスエリアのような場所で、休憩をかねて食事をする所や、おみやげを買う場所などが一列に並んでいた。
彼女は徐行しつつ駐車場に入っていき、海が見える一番左側にオートバイを停めた。
キーを抜き、ハンドルロックをしてから、彼女は温泉施設のある建物に向かって歩いていった。温泉施設の建物の横には、ログハウスのレストランがあった。少し離れてその右側に、さきほど見えていた風車がゆっくりと回っていた。

温泉施設の受け付けで簡単な説明を聞き、「女湯」と書かれた暖簾を確認し、自動販売機でミネラルウォーターを買ってから、その暖簾をくぐった。
小さなロッカーがいくつも並んでいるそのほぼ中間の位置に立ち、ロッカーの扉を開け、着ているTシャツや下着を全てその中にしまいこんだ。さきほど買ったミネラル・ウォーターを一口飲んでから、それも中に入れロックした。

簡単にシャワーを浴びてから、彼女は大浴場の左側にあるドアに向かった。ドアを開けると
下に降りる階段があり、さらにそこから右に何段か下ると、小さめの岩風呂があった。
岩風呂の窓は開放されていて、そこからは誰もいない砂浜と海が見えた。砂浜に並んでいる
大きなテトラポッドをながめつつ視線を左に伸ばすと、水色と白で塗られているまだ工事が
途中の桟橋が見えた。桟橋には立ち入り禁止の看板が立てられていた。

彼女は岩風呂にゆっくりと体を沈めていった。さきほどまで汗でべとべとになっていた皮膚の感触が遠い昔のことのように思えた。
窓の外を見ると、体を沈めた状態からは海が見えづらかった。彼女は目を閉じた。目を閉じると、自分はさきほど見えていた海の中に身を沈めているような気持ちになった。しばらくそうしてから、ふと窓の外にもう一度視線を移すと、ちょうどヘリコプターが桟橋の方向に向かって飛んでいくのが見えた。
それを見ながら、あのヘリコプターはまさに夏の海の象徴のように思えた。
青い海とオレンジ色の太陽をさらに彩度を濃くしたような青い胴体にオレンジ色のラインが綺麗だった。それを見て、彼女はここに来たのは正解だと思った。

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彼女は部屋の中のファンヒーターを見た。温度は22度に設定してあるのだが、実際は18度だった。部屋のロールブラインドを上げて窓の外を見てみると、冷凍室の中に置いてあるいくつかの模型を見ているような錯角を覚えた。そしてあの暑かった夏の日々を幻のように思い出した。
窓の外の光景を見ながら、手にしていたカスタードワッフルを一口食べてみた。
中に入っているメープルシュガーを噛むと、まるで外に降り積もった雪が固くなって氷のようになったカケラを噛んでいるように思えたが、ほんのり甘い味が口の中に広がるのを感じ、彼女は微笑した。

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by space_tsuu | 2004-12-23 00:00 | 私の心とその周辺

飛ばされながら月を見た

まだ肌寒くない過ごしやすい気候の夜だった。
買い物をした小さなビニール袋を左手首にかけ、法定速度よりややスピードを出した程度で家路に向かいオートバイを走らせた。ワインレッドのダミータンクには夜の街灯の灯りが次々に映し出されては消えていった。
左のウインカーをつけ減速し、カクっと左にオートバイを倒しこみ十字路を曲がった。今の曲がり方は腰を軸にして、なかなかスムーズに曲がれたのではないかと思いながら、ふたたびアクセルを開けた。

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少し行くと左側に消防署の赤いライトが見えた。そのライトを視界のかたすみに見つつ、前方に目をやると一台の軽自動車がウインカーを右に出して停まっていた。
私はチラっとその車に視線をやりつつ直進した。その瞬間、何を思ったかその車は私めがけて曲がってきた。
重い衝撃とともに、私は夜の空間に投げ出された。まるで自分が人形にでもなったかのように、空中にほうり出されるのに身をまかせるほかなかった。
周りで見ていた人がいるなら、空中にほおり出されてから道路にたたきつけられるまでの時間は、ほんの数秒だったはずだろう。
しかし、その時間は私にとってはかなり長く引き延ばされスローモーションになっていた。
空中を飛んでいる間、月を発見した。月を見ながら、私は今夜は三日月だったのかと思っていた。
次の瞬間、目の前に真っ黒な壁が立ちはだかった。私は両手を壁に押し付けた。いや、押し付けたのではない、これは道路だと気付くまて少し時間がかかった。
私は交通事故にあって飛ばされたのだと、黒いアスファルトを至近距離に見つめながら理解した。
不思議なことに、どこにも痛みは感じなかった。
なんだ、たいしたことはないな、さぁ立とうとしたが、足に力が入らない。おかしい、どうして足が動かないんだと思っていると、いきなり足が燃えだした。オートバイから漏れたガソリンが引火して足が燃えているんだと思った私は倒れたまま頭だけをねじって後方を見た。
燃えてはいなかった。足のかなり後方に不自然な形に倒れているビラーゴ400が見えた。それでもまだ轟々と音をたてて燃えているような感覚は続いていたので、きっと足が引きちぎられてなくなってしまったのだろうと思った。
短時間の間に、蟻が群がるように様々な場所から人が出てきた。
お父さんと小さな女の子が私を覗き込みながら、「この人死んでしまったの?」などと言っているのが聞こえた。
誰かがヘルメットをはずしてくれた。女の人だと驚く声も聞こえた。
やがて救急車が到着し、遊びに来ていた友達が一緒に救急車に乗り込んだ。
私は友達に「買い物袋はどうなった?」と聞くと友達は「ほとんど破けている」と手に持っているボロボロになったものを見せてくれた。
「卵を買わなくてよかったわ」と私は言った。そして、私たちはお互いの顔を見ながら笑った。

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by space_tsuu | 2004-10-30 00:00 | 私の心とその周辺

理想的なあり方

片岡さんは以前、先見日記で「理想的なありかた」についてこう書いていた。

「理想的なありかた、というものについて考えてみる。生きかたでも人生でもなく、ありかただ。日々あることは生きかたかもしれないし、その連続は人生になったりするかもしれないけれど、ここではそのいずれでもなく、ただありかただ。しかも理想的な。

 ひとりでありたい、とまず思う。独身ですか、と人は言うだろう。結婚しないとかじつは別れたとか、そういったことではなく、かといって天涯孤独のようなことでもなく、なんの意味づけもなしに、どこの誰ともつながることのない、純粋なひとりだ。毎日がひとり。それがまず第一の基準だ。ひとりである以外にどんなありかたがあるのか、というような意味におけるひとりだ。」

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私もこれと似たようなことを思う。
私もひとりでありたい。
他人を否定するという意味ではなく、他人と過ごす時間が嫌いだという意味でもない。
他人に依存せず、安易に頼ったり見返りを求めたりしない「ひとり」だ。
「やむをえずひとり」ではなく「あえてひとり」を楽しめるという言い方でもいい。
これは今に始まったことではなく、子供の頃からそうだった。
片岡さんの小説に出てくる女性たちも、そういった女性が多い。
だからこそ、彼女たちに共感を持ち、彼女たちの考え方や行動に興味を持つのだろうと思う。 

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by space_tsuu | 2004-07-28 00:00 | 私の心とその周辺

オートバイとオープンカー

オートバイに乗ることは人生に似ていると思う。

これから進んでいく前方の先へ先へと視線を送りながら障害を予想し、
カーブに合わせて減速したり加速したりしながら進むと滑らかな運転ができる。
すぐ目の前の路面なんかを見て走ったりすると、たちまちそのスピード感に
恐怖を覚え、バランスをくずしてしまうかもしれない。
人生についても似たようなことが言えると思う。
自分のこれから進もうとする未来に焦点を置き、明確な目標を持ち、
困難を予想しながら進んでいけば何か事が起こった時にもあわてることはないし、
なによりしっかりと目標が決まっているのだから、それに向かって突き進んで
いけばいいだけのことだ。
目先のことばかりにとらわれていると、オートバイの運転と同様バランスを
くずし転倒さえしてしまうかもしれない。

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人生が運転と同じだと言うなら車でも同じことではないかと言う人がいるかも
しれないが、私は違うと思う。
オートバイは風雨にさらされることもあるし、夏の暑い日ざしや空気の匂い、
路面からのフィードバックを体感できる。
常にバランスを保ちながら運転しなければならない。

それなら、自転車はどうかというと、確かに自転車でもいいと思う。
ゆっくりと自分のペースで漕ぎ、時折道ばたに咲いている花を眺めながら、
ゆるやかな風に吹かれ進んでいく。
それはそれでいい人生だと思う。

でも、私にとって何かが決定的に足りない。
私はオートバイのエンジン音が好きなのだ。
暴走族がブンブンいわせている音ではない。
あれは「エンジン音」とは言わない。ただの「騒音」だ。

馬の走るような音、もしくは心臓の鼓動のような音を聞きながら走っていると、
私は一人で走っているような気がしない。
さらに、寒い日にエンジンの熱くなった部分に凍えた手を当てると、
オートバイに暖めてもらっているような感じがして嬉しくなる。
だから私にとっては自転車ではなくオートバイなのだ。
人生も一人で生きるわけではないのだし。

では車はというと、車はよほど危険な運転をしない限り転倒することはないし、
暖房やクーラーをかけて快適に進むのでは、生温いレールの上を目標もなく
ダラダラと進む人生に似ている。
オートバイとは雲泥の差だ。

片岡さんは何かのエッセイで、車の前面ガラスを、まるでテレビを見ているよう
だと書いていた。
さらに車内のティッシュケースやこまごまと雑然とした小物を見ると日常の空間
ごと移動しているようだとも書いてあった。
私は車に乗るたびに、そのことを思い出す。
だから、車に乗るなら、せめて夏は幌を開けられるオープンカーにしようと思い、
今の車を選んだ。

だからといって、車が嫌いなわけではなく、私の人生をたとえるなら車ではなく
オートバイだろうなと思っただけだ。

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by space_tsuu | 2004-07-11 00:00 | 私の心とその周辺

ホテルという異次元空間

片岡さんの小説には時折ホテルの部屋の描写が出てくる。
部屋の天井、ベッド、カーテン、フロアライトなどの写真が
表紙やストーリーの間に添えられていることも多い。
このようなホテルの空間の描写や写真に触発された私は、すっかり
その虜になってしまった。
日常の雑多な出来事がつまった部屋と反して、ホテルの一室に入り込むと、
機能的で端正にまとまった空間がそこにある。
ルームナンバーが表示されているそのドアは、日常と日常に反するものを
さりげなく隔てているゲートだ。
中の空間はまるで使ってくれる人を静かに待っているかのようだ。
さりげなく色彩が統一された様子も好ましい。

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私はホテルに泊まる時は必ず、部屋に入るとすぐに様々な場所を
写真に撮り始める。
使ってしまう前の状態を思う存分カメラにおさめてからでないと
ゆっくりソファに座ることができない。
その部屋でくつろぐ前の自分はまだその時点では、ベッドやソファ
などの備品と一体化しているはずだ。
そうしてひととおり満足がゆくまでシャッターを押してようやく
部屋の中にいるもうひとりの意識を持った自分と体面すると同時に
今度は日常とはかけ離れた次元へと迷いこんでいく。

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by space_tsuu | 2004-07-09 12:44 | 私の心とその周辺

お気に入りのバーで、素敵な夜を

「今日は髪をまとめて来たから、見違えたじゃないの」と言って、ニコニコと話しかけながら、もうすぐ70才になるというマスターがグラスの中にクルクルと巻いてたてたおしぼりを私の前に置いてくれた。
心地よいジャズが流れる薄暗いバー。

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ここでは、私はマスターにおまかせでカクテルを作ってもらう。
一杯目はグレープフルーツを主体にした珊瑚色の炭酸が効いたロングのカクテルだった。
今宵のジャズはスタンダードのジャズだ。
水槽の蒼い光の中に小さな熱帯魚が行き交う。
裏に回転ベッドがあるから泊まってってもいいんだよなどと、ジョークを飛ばしながら、さすがプロだというような見事な手際で飾り切りしたキュウリや、生ハムを中央に巻き込んだチーズ、レーズンバターの盛り付けを作ってくれる。
それを食べながら二杯目のカクテルを注文する。
チューリップのようなグラスにほんのり青みをおびたカクテルが注がれる。これもさっぱりとした味わいでとても美味しい。
あなたが生まれる前からバーテンダーをやってたんだからねぇなどと言われると、こっちまでしみじみとしてくる。
マスターもクールビズなのか今日はいつもの上着がない。70才になるなんて、とても思えない素敵なマスターを見ながら、こんなふうに歳をとるのなら、人生も楽しいじゃないと思いながら、こうして家に帰ってきてまたジントニックでさらに酔いを深める。
素敵な夜だ。

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by space_tsuu | 2004-05-24 00:00 | 私の心とその周辺