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私は彼の私

カヴァーの袖に書いてある文章を抜粋してみた。

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現実にはめったにないような関係や状況を、ごく普通の
よくあることとして書き手がとらえると、それはすでに
ストーリーのはじまりです。ストーリーは、日常や現実の
逆なのです。だからこそ、私たちは、ときどきストーリーを
さがしては、面白く読むのです。
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なるほど、そうなのかと思ったけれど、「事実は小説よりも奇なり」と
いうことわざもあるではないか。
ということは、日常や現実の逆とばかりは言えないだろう。
こういう現実もありうるかもしれない。

あとがきには、ひとつのストーリーを手に入れるにいたるきっかけは
その気になりさえすれば、日常のいたるところにあるようだと書いてある。
今日一日自分が過ごした時間を振返って、ストーリーになるようなことが
あったかな? と回想して、もしあったなら、その現実に何かエッセンスを
ふりかけて、一つのストーリーに仕上げてみるのも面白いかもしれない。

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by space_tsuu | 2004-05-31 00:00 | 赤い背表紙(短編)

ボビーに首ったけ

この小説にはオートバイがたくさん登場する。私がこの本を
手にした時には、まだ中型二輪の免許を持っていなかった。オートバイの後ろに乗せてもらったこともなかった。
だから、オートバイを運転している描写を読んでも、全く実感が湧かないまま、ただ字面を追っていたように思う。
けれども、わからないから面白くないというのは逆で、どんどんその世界に惹き付けられ、のめり込み、読み終えた頃には、いつか自分もオートバイに乗りたいと思ってしまった。

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そして、数年後、中型免許を取得して何年かYAMAHAの400ccの
アメリカンに乗り、去年はついに念願の大型免許を取得した。
今またこうして「ボビーに首ったけ」を読んでみると、自分の体験と小説の描写がいくつも重なりあい、今までモノクロだった光景に色彩がつけられ、エンジン音さえ聞こえてくるような感覚に陥る。

オートバイに乗ることによって私自身の世界が二倍にも三倍にも開けたということは、やはり、片岡さんのおかげなので私にとっては感謝したいところなのだが、片岡さんは自分が書いた小説によって、安易にオートバイに乗りたいと思う人が増えてしまったことが、自分の意図と違うのであまり好ましく思ってなかったというようなことを聞いたことがある。

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by space_tsuu | 2004-05-30 00:00 | 赤い背表紙(短編)

お気に入りのバーで、素敵な夜を

「今日は髪をまとめて来たから、見違えたじゃないの」と言って、ニコニコと話しかけながら、もうすぐ70才になるというマスターがグラスの中にクルクルと巻いてたてたおしぼりを私の前に置いてくれた。
心地よいジャズが流れる薄暗いバー。

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ここでは、私はマスターにおまかせでカクテルを作ってもらう。
一杯目はグレープフルーツを主体にした珊瑚色の炭酸が効いたロングのカクテルだった。
今宵のジャズはスタンダードのジャズだ。
水槽の蒼い光の中に小さな熱帯魚が行き交う。
裏に回転ベッドがあるから泊まってってもいいんだよなどと、ジョークを飛ばしながら、さすがプロだというような見事な手際で飾り切りしたキュウリや、生ハムを中央に巻き込んだチーズ、レーズンバターの盛り付けを作ってくれる。
それを食べながら二杯目のカクテルを注文する。
チューリップのようなグラスにほんのり青みをおびたカクテルが注がれる。これもさっぱりとした味わいでとても美味しい。
あなたが生まれる前からバーテンダーをやってたんだからねぇなどと言われると、こっちまでしみじみとしてくる。
マスターもクールビズなのか今日はいつもの上着がない。70才になるなんて、とても思えない素敵なマスターを見ながら、こんなふうに歳をとるのなら、人生も楽しいじゃないと思いながら、こうして家に帰ってきてまたジントニックでさらに酔いを深める。
素敵な夜だ。

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by space_tsuu | 2004-05-24 00:00 | 私の心とその周辺

誰もがいま淋しい

中の文字がブラウンで印刷されているところが、とても気に入っている。
あとがきによると、この小説は1984年の5月から夏の終りにかけて
「野性時代」「月刊カドカワ」「小説王」の三つの月刊雑誌に書いた
短い六つの小説を、ひとつの流れにつなげて、六つが集まって
ぜんたいをかたちづくるという構成にしたそうだ。

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六編のストーリーの間には、その時に確実にあった背景である季節や気候
の詳細を説明した文章が織り込まれている。
そして、1984年の5月といえば、ちょうど20年前の今頃の時期ではないか。

この小説の中に登場する彼女たちは、淋しさを単なる淋しさとしてとらえていない。
逆に淋しさを楽しんでいるかのように思える。

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by space_tsuu | 2004-05-18 00:00 | 赤い背表紙(短編)

散ってゆく花

表紙をめくったところに「ビールをごくごくと音をたてて、いっきに飲んではいけないようだ。ビールはそんなに単純ではない。きちんと物語のなかに置いてあげると、ビールは相当な屈折をかかえた、複雑で微妙な飲み物であることがはっきりする。ビールを単純に飲まないために、物語の哀しさを知る。」と書いてあった。
カバーデザインを担当した津嶋佐代子さんという人の感想だろうか。

「六月の薄化粧」の中のいくつかのシーンをあげてみた。

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雨のなかをスーツ姿で歩いてずぶ濡れになった彼女は居間でずぶ濡れのまま缶ビールを飲む。

スカートをたくしあげた彼女が彼に肩車をしてもらって海に入っていく。彼女は右手にビールの缶を持ったままだ。
彼の顎まで水が達するところまで歩いていき、さらにしゃがんで彼女は胸まで海水に浸かりずぶ濡れになる。
波打ちぎわに戻りビールを一口飲んだ彼は顔をしかめたがそのまま飲み下し「完全の海の水だ」と言う。

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海岸へ下りるための階段のなかばにふたりは座る。彼が彼女より一段上に座っている。
彼の両脚の間にいる彼女は彼の膝に腕をかけ軽くよりかかっている。
海を見ながらビールの缶を交互に飲む。
「あのときのビールは、きみの口紅の香りがした」と彼は言った。

熱い湯のなかにゆったりと体を横たえた彼女は浴槽のなかで冷えたビールを飲む。

性的に汗だくの時間を存分に過ごしたあと、暗く暑いキチンに行き、そのなかで裸のふたりは抱きあって冷たいビールを飲む。ビールを飲みこんでいくときの、おたがいの腹の筋肉の動きを混じりあう汗の膜をとおして、ふたりは快感としてうけとめる。

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単純にビールを飲まないために、今夜は自分で自分のストーリーを作って実行してみるのも楽しいかもしれない。

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by space_tsuu | 2004-05-16 00:00 | 赤い背表紙(短編)