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物語の幸福

『 ベーゴマの小説を書く』というストーリーで、玩具の問屋街がある所でベーゴマ
を買うという部分がある。
ふと、新宿の花園神社の近くのバーに入った時のことを思い出した。
その店のドアには、「うちは怪しいお店ではありません。料金も良心的です。」
というようなことが書かれた貼り紙がしてあった。
怖いもの見たさ半分で入ってみると、狭い店の中はカウンターだけなのだが、椅子と
壁の間の狭いスペースで2〜3人の常連客らしき男性達がカンヴァス布を張った樽の
ようなものに向かって、ベーゴマをまわして遊んでいた。
そこのママは沖縄出身の人らしく、置いているお酒も何種類かの泡盛だったし、おつまみも沖縄の家庭料理のようなものが多かった。
貼り紙に書いてあったとおり料金も安く、ベーゴマを回している彼らをあとにほろ酔い
加減でホテルに戻った。
私たちはベーゴマが欲しくなり、さっそく次の日に探して買ったのはいいのだけれど、
帰りの空港の持ち物検査にひっかかり、ジャケットのポケットから出て来たベーゴマを
見て、その場にいた人たちがほのぼのとした空気に包まれたという笑い話がついている。

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『グッド・デザイン』というストーリーは、ひとりの女性が結婚を申し込んだのに、相手
の男性に拒否され、いったんは見合いで別の男性と結婚するのだが、結局は離婚して最初
の男性とよりが戻る。そして、いつもいっしょにいてくれと彼女は彼にいう。
けれども、彼はいっしょにいることはつらいという。
なぜか。

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「きみは僕にとって、たいへん好みなんだよ。僕の好みに、ぴったりだ。だから、
いつもいっしょにいると、落ち着かない。いっしょにいると、いつも僕はきみを
見ていたい。いつもきみと抱き合っていたい」
「好みとは、なんですか。見た目?」
「内容も。要するに、きみは僕にとって、あるいは他の多くの男女にとって、たい
へんなグッド・デザインなんだ」
「まあ、面白い」
「女は男にくらべて、はるかにグッド・デザインだという考えが、僕の基本にある。
しかもきみほどの出来ばえで、その出来ばえが自分の好みどおりだとなると、困るよ」
「なぜ?」
「そのまえに、一般論をもう少し。相手というものをとらえるとき、人はまずその相手
を見るんだよ。視線で頭のなかにとらえる。外観を見る。女性を見るときには、その外
観つまり体を、人は見る。女の体は、この地球上で最高のグッド・デザインだと、僕は
思う。体だけが好き、という意味ではなくて。女性の体や存在が商品になるのは当然な
のだ。そして、それは、基本的には悪いことでもやましいことでも、恥じるべきことで
もない。なにしろ最高のグッド・デザインなのだから。たとえば、フェミニズムなども、
そういうことをきちんと踏まえた上で、展開していくべきだと、僕は思う」

女性の体はグッドデザインであるという。けれども、せつなさは確実に忍びよる。
グッドデザインである最高の時期は短い。だからこそ、美しさは際立つのかもしれない。
このストーリーの彼は、彼女の美しさ=グッドデザインを陳腐な日常の中に巻き込みたく
ないと思っているのだろう。

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by space_tsuu | 2004-09-28 00:00 | 赤い背表紙(短編)

五つの夏の物語

扉の文章を抜粋してみた。

「一枚の写真は、記念、思い出、そして経過していく時間の証明。どれもみな過去ですが、現在そしてこれからのドラマを、静かに予測してもいるのです。
過去のなかに、未来があります。あのときのなにげない一枚のスナップ・ショットは、じつはちょっとした魔法なのです。その魔法にまつわる五つの物語が、ここにあります。」

過去のなかに未来があるという部分にとても感銘をうけた。
撮った瞬間にすでにそれは過去になってしまうのだが、その撮った写真のなかにはすでに未来への予感が確実にあるのだと思う。

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そしてもうひとつ、とても気になった内容があったので、ここに書き出してみた。

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「先日の、海岸線の話しは、理解してもらえたかしら?」
と、朝子は松沢に言った。
「誤差の話か」
「 だから誤差ではないのよと、あれほど言ったでしょう」
「計測のしかたによって、複雑なかたちの海岸線の長さは、いろんなふうにちがってくる、という話だった」
「計りかたによって、おなじ海岸線でも、長さは何とおりにもなるの」
「だから、誤差じゃないか」
「計りかたのちがいによって、結果として多少ら誤差が出る、という話ではなく、本質的にいろんな長さがあるのよ」
「おなじ海岸線なのに?」
「そうよ」
「なぜ」
「ほら、なんにもわかってない」
「教えてくれよ」
「計りかたの正確さとは関係なしに、複雑なかたちの海岸線は、おなじ海岸線であっても、何とおりもあるの。だから、どう計っても、それぞれの長さはどれもみな、正しいのよ」
「不思議だねえ。どこか特定の海岸線をひとつ、現実に目の前にすれば、その海岸線はひとつしかないじゃないか」
「現実には、そうなのよ。現実には、ひとつよ。でも、複雑な海岸線は、こまかなギザギザのパターンのくりかえしと積みかさねなのよ。そのパターンを、どこまで細かく考えるかによって、ぜんたいの長さはちがってくるわ」
「無限に細かくとったら、どうなる?」
「海岸線の長さは、無限になるわ」
「しかし、無限の海岸線なんて、あり得ない」
「現実には、そうよ。さっき言ったでしょう。ひとつのでこぼこを、ギザギザ、として理解するか、あるいは、ギザギザギザギザ、として理解するか」
「どこまでも細かく割っていくことが出来るんだ」
「コッホ曲線と呼ぶの。教えたでしょう。部分のパターンが、ぜんたいのパターンと、いつもおなじなの。
そういうのを、フラクタルと言うのよ」
「逆に言うなら、どんなに複雑なかたちの海岸線も、基本的には、ギザでしかないのだ」
「そうね」

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フラクタルとは自己相似性という原理でこれを数学的に表現しようとしたものだそうだ。
フラクタルを意識してものを見ると、それはいたるところにあるそうだ。
宇宙の中にも見出せるし、生き物も実は簡単な法則の繰り返しによってつくられているのでは
ないかという説もある。
f/1揺らぎなども関係あるそうだ。
こうして考えながら身の回りのものに目を向けて観察してみると、とても興味深い。

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by space_tsuu | 2004-09-04 00:00 | 赤い背表紙(短編)