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飛ばされながら月を見た

まだ肌寒くない過ごしやすい気候の夜だった。
買い物をした小さなビニール袋を左手首にかけ、法定速度よりややスピードを出した程度で家路に向かいオートバイを走らせた。ワインレッドのダミータンクには夜の街灯の灯りが次々に映し出されては消えていった。
左のウインカーをつけ減速し、カクっと左にオートバイを倒しこみ十字路を曲がった。今の曲がり方は腰を軸にして、なかなかスムーズに曲がれたのではないかと思いながら、ふたたびアクセルを開けた。

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少し行くと左側に消防署の赤いライトが見えた。そのライトを視界のかたすみに見つつ、前方に目をやると一台の軽自動車がウインカーを右に出して停まっていた。
私はチラっとその車に視線をやりつつ直進した。その瞬間、何を思ったかその車は私めがけて曲がってきた。
重い衝撃とともに、私は夜の空間に投げ出された。まるで自分が人形にでもなったかのように、空中にほうり出されるのに身をまかせるほかなかった。
周りで見ていた人がいるなら、空中にほおり出されてから道路にたたきつけられるまでの時間は、ほんの数秒だったはずだろう。
しかし、その時間は私にとってはかなり長く引き延ばされスローモーションになっていた。
空中を飛んでいる間、月を発見した。月を見ながら、私は今夜は三日月だったのかと思っていた。
次の瞬間、目の前に真っ黒な壁が立ちはだかった。私は両手を壁に押し付けた。いや、押し付けたのではない、これは道路だと気付くまて少し時間がかかった。
私は交通事故にあって飛ばされたのだと、黒いアスファルトを至近距離に見つめながら理解した。
不思議なことに、どこにも痛みは感じなかった。
なんだ、たいしたことはないな、さぁ立とうとしたが、足に力が入らない。おかしい、どうして足が動かないんだと思っていると、いきなり足が燃えだした。オートバイから漏れたガソリンが引火して足が燃えているんだと思った私は倒れたまま頭だけをねじって後方を見た。
燃えてはいなかった。足のかなり後方に不自然な形に倒れているビラーゴ400が見えた。それでもまだ轟々と音をたてて燃えているような感覚は続いていたので、きっと足が引きちぎられてなくなってしまったのだろうと思った。
短時間の間に、蟻が群がるように様々な場所から人が出てきた。
お父さんと小さな女の子が私を覗き込みながら、「この人死んでしまったの?」などと言っているのが聞こえた。
誰かがヘルメットをはずしてくれた。女の人だと驚く声も聞こえた。
やがて救急車が到着し、遊びに来ていた友達が一緒に救急車に乗り込んだ。
私は友達に「買い物袋はどうなった?」と聞くと友達は「ほとんど破けている」と手に持っているボロボロになったものを見せてくれた。
「卵を買わなくてよかったわ」と私は言った。そして、私たちはお互いの顔を見ながら笑った。

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by space_tsuu | 2004-10-30 00:00 | 私の心とその周辺

寝顔やさしく

いつものように、扉の文章を抜粋してみた。

「自分がもっとも自分らしくある時間は、じつは寝顔の時間なのです。
眠っているときの自分の寝顔をあるひとりの男性が見て、彼女の寝顔は
こんなにやさしかったのかと認識をあらたにしてくれるのは、なにも
知らずに眠っているとはいえ、気分のいいことです。気分のいい状況を
うまくつくるのは、しかし、むずかしいようです。」

違う言い方をするなら、自分がもっとも自分らしくある時間というものは、自分自身では
気づけないものなのではないか。
自分が自分で自分らしいと思っていることは、実は、周囲の人にしてみれば
全く違っているのかもしれない。
たとえて言えば、自分の録音された声を初めて聞いた時のように。

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『彼を愛してなにを得たか』というストーリーを要約してみる。

春に知り合って、夏、秋、冬と体験して、ふたたび春がやってきた。
ここからさきはくりかえしになるから別れようという彼に猛烈なスピードで
平手打ちをくらわせて別れた彼女は、好きなだけ泣いてすっきりした後、
彼を愛してなにを得ただろうかと考える。

私も彼女と似ているかもしれない。
人生に無駄なことは何ひとつないと思うから、単なる損得勘定ではなしに、
きっと何かを得ているはずなのだ、と思いたい。

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by space_tsuu | 2004-10-21 00:00 | 赤い背表紙(短編)