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花のある静かな日

彼女が待ち合わせを指定した桟橋をいろんな考え事をしながら三往復歩くと幸せな気持ちになったという冒頭で始まるストーリーのあと、さまざまなショートストーリーがおさめられている。
中でも、時々思い出すのが退屈な会議中にいろいろと空想するストーリーだ。
その会議室には窓がなくアルミニウムのフレームにおさめられた海の絵があるだけなのだ。もし、この部屋に窓があるなら、外の風景はどんな風景がいいのか想像する。そしていつしか、その窓は会議室の窓ではなく浴室の窓ならどうだろうと空想は移行していく。ついには、その風呂のなかにいる自分はどんな自分がいいのだろうかというところにその想像は到着する。

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彼女はシャワー・ルームで夜おそく月の光だけでシャワーを浴びる。月明かりのなかでさめざめと泣いてシャワーをあびながらときどきマルガリータを大きくひと口ずつ飲んでいるといいと思う。グラスの縁のつけてある軽い塩味に頬をつたわって流れ落ちる涙の味が加わる。そして最後にそのマルガリータはブルー・マルガリータだったのだということにする。シャワーを出てからは普通のマルガリータにし、さらに二杯ほど飲んで熟睡する。それが少しだけ尾をひいて次の日の朝にはテキーラの陽が昇るのだ。

泣きはしなかったけれど、一度この真似をしてシャワーを浴びながらマルガリータを飲んだことがある。涙のかわりにシャワーの水滴がカクテルグラスの中に入ってしまった。部屋に窓がない場所に行くと、いつもこのストーリーを思い出してひとり心の中で苦笑してしまう私がいる。

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by space_tsuu | 2004-12-27 00:00 | 赤い背表紙(短編)

夏の海とメープルシュガー

六月第三週の月曜日。南から台風が接近している蒸し暑い日だった。
彼女は居間の壁にかかった温湿度計を見た。
二つの針はそれぞれ気温が30、湿度は85の数字を指していた。
シャワーを浴びようかとふと思ったが、すぐにその思いをふりはらい、前から行こうと思っていた海の見える温泉に行くことにした。

ソファから立ち上がり、居間のドアを開け、階段を下りてすぐ左側にある寝室を抜け、隣にある六畳ほどのウォークイン・クロゼットに入った。タオルと下着を小さな布製のケースに入れ、さらにそれを黒いバックパックにしまいこんだ。

彼女はガレージのシャッターを開け、これから少しの間共に走ろうとするのを待っているかのように静かに佇んでいる883ccのガンメタパールのオートバイを見た。

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彼女は国道を南に向かって走った。南に向けて走ると右側にはずっと海が見えていた。
台風が接近しているせいか、時おり強い風にオートバイごと体があおられているのがわかった。道路上の気温計はすでに34度にもなっていた。
右側に松林を見ながらしばらく走ると、右側前方に白い風力発電の風車が一基、ゆっくりと回っているのが見えた。その先を彼女は左に別れる道に進路を変え、立体交差になってい右へ続く道路を標識の案内のとおりに目的地の温泉のある場所に徐行していった。

ここは高速道路にあるサービスエリアのような場所で、休憩をかねて食事をする所や、おみやげを買う場所などが一列に並んでいた。
彼女は徐行しつつ駐車場に入っていき、海が見える一番左側にオートバイを停めた。
キーを抜き、ハンドルロックをしてから、彼女は温泉施設のある建物に向かって歩いていった。温泉施設の建物の横には、ログハウスのレストランがあった。少し離れてその右側に、さきほど見えていた風車がゆっくりと回っていた。

温泉施設の受け付けで簡単な説明を聞き、「女湯」と書かれた暖簾を確認し、自動販売機でミネラルウォーターを買ってから、その暖簾をくぐった。
小さなロッカーがいくつも並んでいるそのほぼ中間の位置に立ち、ロッカーの扉を開け、着ているTシャツや下着を全てその中にしまいこんだ。さきほど買ったミネラル・ウォーターを一口飲んでから、それも中に入れロックした。

簡単にシャワーを浴びてから、彼女は大浴場の左側にあるドアに向かった。ドアを開けると
下に降りる階段があり、さらにそこから右に何段か下ると、小さめの岩風呂があった。
岩風呂の窓は開放されていて、そこからは誰もいない砂浜と海が見えた。砂浜に並んでいる
大きなテトラポッドをながめつつ視線を左に伸ばすと、水色と白で塗られているまだ工事が
途中の桟橋が見えた。桟橋には立ち入り禁止の看板が立てられていた。

彼女は岩風呂にゆっくりと体を沈めていった。さきほどまで汗でべとべとになっていた皮膚の感触が遠い昔のことのように思えた。
窓の外を見ると、体を沈めた状態からは海が見えづらかった。彼女は目を閉じた。目を閉じると、自分はさきほど見えていた海の中に身を沈めているような気持ちになった。しばらくそうしてから、ふと窓の外にもう一度視線を移すと、ちょうどヘリコプターが桟橋の方向に向かって飛んでいくのが見えた。
それを見ながら、あのヘリコプターはまさに夏の海の象徴のように思えた。
青い海とオレンジ色の太陽をさらに彩度を濃くしたような青い胴体にオレンジ色のラインが綺麗だった。それを見て、彼女はここに来たのは正解だと思った。

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彼女は部屋の中のファンヒーターを見た。温度は22度に設定してあるのだが、実際は18度だった。部屋のロールブラインドを上げて窓の外を見てみると、冷凍室の中に置いてあるいくつかの模型を見ているような錯角を覚えた。そしてあの暑かった夏の日々を幻のように思い出した。
窓の外の光景を見ながら、手にしていたカスタードワッフルを一口食べてみた。
中に入っているメープルシュガーを噛むと、まるで外に降り積もった雪が固くなって氷のようになったカケラを噛んでいるように思えたが、ほんのり甘い味が口の中に広がるのを感じ、彼女は微笑した。

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by space_tsuu | 2004-12-23 00:00 | 私の心とその周辺

生き方を楽しむ

あとがきを読んでみる。
フォルクス・ワーゲンのカラヴェル見た時の心が浮き立つような素晴しい驚きを自分が所有するということではなく、どのような人が乗るともっともよく似合うのかという方向に転換させてできたのが、このストーリーだそうだ。
『ビートルの最終モデル。メキシコあるいはブラジル製の、ビートルの新車。カルマン・ギア。シロッコ。正面のウインド・シールドがふたつに分かれていて、そのどちらもが上にむけて開くしかけの、あのデリヴァリー・ヴァン。それから、一九六五年の夏に登場した、1600TLというファスト・バックのクーペ。
(中略)
登場してくるどの人物たちも、自分のありかたを楽しんでいるから、このようなタイトルになった。
楽しめているのは乗っている自動車のせいだ、などとは言わないけれど、本当に楽しんでいる人たちのありかたの片隅をおさえる、重要な要素であることには、まちがいないと僕は思う。』

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このあとがきを読んだあと、私のblogに車をピックアップして書いてきたことが無駄ではなかったのかもしれないなと少し嬉しくなった。というよりは、詳しくはないけれど乗りたい車があったり、やりたいことがあったり、なによりこれからの生き方を楽しみたいと思っている矢先だったので、自分自身の助走のさらなる加速のために役立ったのは言うまでもない。

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by space_tsuu | 2004-12-19 00:00 | 赤い背表紙(中編)