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魚座の最後の日

片岡さんの本の中に何度かこういうシーンについて書かれているのを見つけることができる。
この「魚座の最後の日」にも出てくるし、エッセイの中にも、詩の中にもあったような気がする。
私はこのシーンがとても気に入っていて、いつも春から夏になるとぜひやってみたいと思うのだが
まだ実現させていない。今年こそはできるだろうか。


「これを空にむけて投げるから、写真に撮ってほしいの」
「撮ります」
「いくわよ」
タイミングをとって、瑞枝は、丸めたシャツを投げ上げた。丸まったままシャツは空中へ上がっていき、青い空を背景にして、ほんの一瞬、静止した。そして継ぎの瞬間、風を受けとめ、シャツは白い花が大きく咲くように、ぱっと開いた。
開いて風に乗り、流れかけるその瞬間、和彦は二五〇分の一秒でシャッターを押した。空中を流れていくシャツを追って、さらに、二ショット、和彦は撮った。シャツはふたりからかなり離れた場所で、砂の上に白く落ちた。

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ストーリーのためのきっかけはさまざにあるけれども、そのなかのひとつが白い半袖のシャツなのだとあとがきに書いている。
『見たところおよそなんの変哲もない、白い半袖のシャツ。しかし、着る人が着るなら、そのシャツは、徹底したさりげなさのうちに、じつはこれ以上ではあり得ないほどに、洒落たものとなっていく。
そのシャツが男物でも女物でもどちらでもいいが、着る人が着るとそんなふうになってくれる一枚の平凡な白い半袖のシャツを、そんなふうに着ることの出来る人は、もしその人が女性なら、外見も内容も、相当にすぐれているはずだ。若くしてすでに完成の域に達した、したがって安定と余裕のある、ひとりの女性主人公が、次第に鮮明になりつつ、白い半袖のシャツを中心にして、浮かんでくる。』

これを実現させるにあたって、まずは一枚このシーンにふさわしい白い半袖のシャツを買いにいかなくてはならない。


もうひとつ、この会話が印象に残った。私もその時の自分がどんな視線だったのか試してみよう。

「なぜ、写真を撮るの?」と瑞枝がきいた。
「撮った順番にファイルに整理しておき、すこし時間が経過してから、かつて自分が撮影した写真をルーペでのぞきこんで観察すると、撮影したときの自分の状態がよくわかる、という話を、どこかで読んだことがあるのです。ほんとかどうか試してみようと思って、二年ほどまえから、撮り始めたのです」
「たとえば、二年まえの写真は、いま見るとどんなかしら」
「幼いです」
和彦の言いかたに、瑞枝は笑顔になった。
「可愛い写真なのね」
「そうですね。でも、発見はあります」
「どんな発見かしら」
「なにかをじっと見るときの視線とおなじ視線で撮ったスライドを見ると、子供のときのぼくがなにかをじっと見たときの視線と、おなじ視線なのです。いまでも、子供のときとおなじようにしてものを見ている自分を、発見します」

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by space_tsuu | 2005-03-25 00:00 | 赤い背表紙(中編)

香水と誕生日

いつものように、あとがきから抜粋してみることにしよう。

「ところで人が体験する変化には、「ポジティブな変化」と「ネガティブな変化」がある。片岡義男のストーリーは、かならずポジティブなほうにむかってレンズがむいている。それは家庭でとられるスナップ写真のおおかたが、なにかよいことことがあった時に撮られるという事実と、どこか似ている。
人の死や自然のことがらや時の流れ、これらは人の力ではどうしようもないことである。あらがえないとしっているから、人は無意識に積極的にポジティブなものをえらんで均衡をとろうとする。それは生きるということにたいして、積極的に肯定的にたちむかおうとする一つの戦略としての、きわめて真摯な姿なのである。」

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さらに、人生はナインボールのようだと書いてあるところに惹かれた。そこからも少し抜粋してみた。

「人と人との関係はきわめて不安定で不可解なもの。ひとつのボールがうごけば、全体のバランスはくずれ、新たな関係の網の目がうまれる。それは男女がともに単数の場合、あるいはどちらかが複数の場合と、微妙にちがった反作用をもたらす」

人は他人との網の中でこそ人としての存在価値があるというようなことを 書いているのだが、もうひとつ私はこの中に夢あるいはこれからの自分の進むべき道をたとえたい。

行動をおこさなければ、9個のボールはいつまでもそのままだ。
人は時と空間を生きることによって、何かを手に入れ、同時に何かを失っているとすれば、まさにそれはナインボールと同じだ。
インディアンの本にも、「変化を受け入れることが大切だ」とある。
花は来年咲くから今は枯れる。変化がないなら、それは造花なのだ。
リズムも大切だ。リズムは変化そのものだと言ってもいい。 休む時は休み、行動する時は行動に移す。
以前murmurにも書いたが、闇の中で思考し光の中で前進する。 淀んだ水は腐っていく一方だ。
転がる石に苔は生えない。 時々どこかの水草に引っ掛かってジっとすることがあったとしても また転がり始めればいい。
できることなら私はいつでも「ポジティブな変化」にしたいと思うのだ。

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by space_tsuu | 2005-03-18 00:00 | グレーの背表紙