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缶ビールのロマンス

地方都市の国道でオートバイ事故をおこして死亡した愛する男性に、さようならと告げるために、彼女は一年かけて限定解除の免許を取得した。
そして、美しいライディング・スーツを着て、彼女は650ccのオートバイで事故現場へ行き、ガードレールのわきに立って手を合わせ、彼にさようなら、と言った。
「オートバイに乗ることも、これでもう二度とないと思うわ」と言う彼女のストーリーを読んで、これもまた正しいオートバイの乗り方なのかもしれないと思った。

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「缶ビールを二本ください」
と、ぼくはおばさんに言った。
「はい。缶ビールを二本」
おばさんはそう言い、店の奥へ歩いた。ガラス・ドアのついた冷蔵庫の前で立ちどまり、おばさんはふりかえった。そして、
「お銘柄は?」
と、きいた。
ガラス・ドアのなかに最初に目についたブランドを、ぼくはこたえた。

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ブランドは何なのだろうかと思う。読む人それぞれに自分の好きな銘柄が浮かぶことだろう。
缶ビールを飲む時、私はいつもこのタイトルを思い出す。そして、冷たいロマンスをひと息に喉にながしこむ。

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by space_tsuu | 2008-10-31 00:00 | 赤い背表紙(短編)

ドライ・マティーニが口をきく

「三日見ぬまの桜かな、と言います。日本の四季感は三日ごとに変わる、と俳人は度胸で言いきるのです。たしかに、日本には、じつにさまざまな季節感があります。それぞれの季節にからめて、いろんな女性の素敵なところや悪い癖をさりげなく描くとこうなるという、これは国語の教科書なのです。」
扉の文章だ。
なるほど、教科書かと思いながら再度読んでみると、全編にわたって教わるところだらけだ。
真似したい素敵な部分、真似をしなくても似てしまっている悪い部分、教科書は、時おり本棚から取り出して復習しなくてはいけない(笑)

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「たいへんな空ね。きれいで、すごいわ。あんな色になるなんて」
(中略)
「気がつかなかったわ、いつからあんな空の色だったのかしら」
ひとりで、恵子は西の空に夢中だった。
「素敵だわ。こんな空にむけて、走っていけるなんて」
(中略)
「いま、四時十分ね。いつから、西の空はあんなだったの?」
佐藤健二の顔を見て、恵子は、きいた。
「ずっと」
と、彼がこたえた。
「一時間くらいまえかしら」
「ずっと」
「残念だわ。もっと早くに見たかったわ」
「太陽が沈むんだよ」
「そうね」
「それだけのことさ。ただの夕陽さ」
「でも、すごいわ」
「冬の夕方には、よくあるんだ」
「ピンクのこんなすごい色って、はじめてだわ」
「冬の色だ」
「一時間くらい前は、オレンジ色だった」
「見たかったわ。残念」
「この色は、もう終わりにちかい色だろう」
「終わってしまうの?」
佐藤は、うなずいた。そして、
「ただの夕陽だよ」
と、言った。
「見とれてしまうわ」
「ぼくは、ごく最近も、見たような気がするな。都心の高いビルの窓から。西の空ぜんたいが、空想の世界のようなオレンジ色だった」
「なにをしてたときなの」
「仕事。クライアントのところへ、いってたんだ。高層ビルの、高い階にあってね。西の空が、よく見えた」
「見たかったわ」
「冬によくある、ただの夕陽じゃないか」
「三度目よ」
と、恵子が言った。
「え?」
「三度目よ」
「なにが」
「ただの夕陽、という言葉」
「いけないのか」
恵子は、返事をしなかった。

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他のストーリーでも、これと似たような会話がある。
太陽の色が白かオレンジかということで意見がわかれて喧嘩をするシーンだったはずだ。
いっけん、たいしたことのないような感覚の相違だと思う人もいるだろうけれど、私にとっても、恵子と同じで重要だ。
こういう感覚のズレはいずれ大きなクレバスとなって崩壊することになる。
同じ夕陽に見えたとしても、全く同じ夕陽はない。同じ瞬間は二度と来ない。

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by space_tsuu | 2008-10-30 00:00 | 赤い背表紙(短編)

夕陽に赤い帆

ベレッタの銃弾をたてつづけに三発受け、絶命する女性、浮気が完璧にばれたことを知って動揺しながらコーヒーを飲む男性、結婚記念日にウィンチェスターM92で撃たれる七人、オート・マグで撃たれるプールの中の女性、キチンにショーツ一枚の姿で立ち、よく冷えた8オンスのバドワイザーをひと息に飲みほす女性。

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『鍛えられた視線は、よけいなものいっさいを削り落とします。トレーニングされた感性は素晴らしい一瞬を見逃さず、言葉による映像に定着させます。透明な陽射しのなかで乾いている叙情を中心に、ハードボイルドをこえるハード・ボイルドからセクシーな情話まで、この視線と感性の持主が描くファンタジーは、限りなく広がります。』
扉の文章だ。

片岡さんの描く人物たちの中心には、いつもハードボイルドが存在していると思う。だから人情や感傷に動じることがなく、クールだ。表面には出ないけれども、それだけではなく、どこかにせつなく甘い部分がエッセンスとして隠されている。
甘いとは言っても、それはほんの隠し味程度に。きっとそれが非情さを緩和させているのではないだろうか。

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by space_tsuu | 2008-10-24 00:00 | 赤い背表紙(短編)

いつか見た夢

「君は少年のようだ」と彼は言った。
「外見はどこからどう見ても女性そのものだ。しかし、心の状態はまさに少年だ。少年そのものと言ってもいい」
「だから髪を長くしてるのよ。ショートにしたら、あからさまに自分をさらけ出しているみたいできまりが悪いわ」
「君は、他の女性たちとはどこか別のところを歩いている。それがいいとか悪いとかではなく」

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彼女はほんのり微笑を浮かべながら、だまって海を見つめていた。彼らのななめ後ではまっすぐ一列に並んだ風力発電機がゆっくりとプロペラをまわしていた。
「空がもっと青かったらよかったのに。残念だわ」
「また来ればいい。オートバイで来てみるのも悪くない」
「夕陽の時間なら、もっといいわね」

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彼らと少し離れた場所に、黒い犬を連れて浜辺を散歩している人がいた。おなじ浜辺に立っているにもかかわらず、その光景はなぜか別の場所にいる人たちをながめているように思えた。
はっきりとした雲の形を確認できないくらい空全体が白く広がる中にいるからだろうか。
それとも、先日見たキリコの本のせいだろうか、それはまるでキリコの絵の中に入り込んでしまったかのような、あるいはいつか見た夢の中にいるようだと彼女は思った。

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by space_tsuu | 2008-10-08 00:00 | 私の心とその周辺

星の数ほど

「花よ食卓に来い」で彼が彼女に朝食を作るという場面で、
「私はアスパラガスが好きよ」
「きみはアスパラガスに目がない。ぼくは、アスパラガスに関して、ちょっとした腕がある」
という会話から、どんなふうにアスパラガスをゆでるかについて彼は説明していく。

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「ゆでたアスパラガスは、一本を指さきに持ってつくづく見ると、ひとつのはっきりした明確な形のある、すっきりした、くっきりとしたものなんだ。それをぼくはおそらく七本は皿に並べるだろうから、アスパラガスのぜんたいは、非常に鮮やかに形を持ってしまう。それとの対比的な関係において、目玉焼きは、不利になる。目玉焼きも、かなりはっきりと形のあるものなんだ。特に、ホワイトの部分が、アスパラガスと衝突する。ゆでた卵のほうが、ずっといい」
「では、卵はゆでましょう」
「殻をむいて、すわりのいいようにして、皿のほぼ中央に置いておく。その卵を、きみはナイフでふたつに切る。縦にも横にも切らず、斜めに切ってくれ。ひとつの動作で、きれいに、しかし優しく、ゆで卵を斜めに切ってくれ」
「どうして斜めなの?」
「そのほうが洒落ている。しかも、食べやすい」
「黄身が皿の上に流れ出てくるのね」
「そう。白身を適当に細かく切った上で、きみは、おなじく適当に切ったアスパラガスを、卵にまぶして食べる。黄身の粘性とアスパラガスの歯ごたえとが、絶妙な関係を作ることの出来るようなゆで加減の卵でないといけない。わかるかい」

私もアスパラガスが大好きだ。ここに書かれたような食べ方をすることもある。
だが、卵を斜めに切るということを思いつかなかった。くやしい。次回ぜひやってみよう。
平凡だと思える人生でも、こういうちょっとしたことでそれは劇的に変化するはずだ。
そして食卓にも、ぜひ花を飾ろう。

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by space_tsuu | 2008-10-07 00:00 | 赤い背表紙(短編)

最終夜行寝台

波に呼ばれる彼ら、樹を切って射殺される男性、自分の心の声に忠実な女性。
海に沈むピンク色のキャデラック、台風で飛ばされる屋根。
さまざまな状況下の、さまざまな人生模様。
しかし、そこにはみじめなつらさも卑屈な感情も一切ない。
現実とはどこか微妙にかけ離れているが、その中に自分と似た人を見つけると
嬉しくなる。

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あとがきで、『瞬間最大風速』について、インタヴュアーの女性が、
台風と台風一過とが、とても効果的に描かれていて、書きたかったのは、
ひょっとしてこの部分なのかと聞く。
しかし、片岡さんは、書きたかったことの中心部分は、もうすこしべつのところにあり、
それを書くために、一六○枚というスペースのなかでの、このようなストーリーを
つくったのだと、言ってもいいくらいだと答えている。
私は、ひょっとして、それは、バンドエイドのことではないかと思った。
素敵な女性の綺麗にのびた足さきの小指のバンドエイド。
正しいだろうか。

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by space_tsuu | 2008-10-06 00:00 | 赤い背表紙(短編)