恋愛小説

あとがきにこうある。
「この短編集には、六編のストーリーが収録してある。はじめの予定では、七編になるはずだった。しかし、七編めのストーリーを、この本に間に合うように、僕は書くことができなかった。そのストーリーは、僕の頭のなかでは、すでにほとんど出来あがっている。
(中略)
そのストーリーには、男女ふたりと、二台のオートバイが登場する。」
ここで、ふと、時々読んでいるM-BASEさんに連載している「小説とオートバイ」という片岡さんのストーリーを思い出した。

M-BASE 「小説とオートバイ」

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ここでは、ふたりの女性と二台のハーレーについてのストーリーの構想について書かれている。
男女であれ、女性ふたりであれ、なにかしら片岡さんの頭のなかには二台のオートバイについてのストーリーの片鱗がたくさんあるようだ。
これからいつか書かれるであろうそのストーリーたちのアイディアを読んでいるだけでも、それはそれでひとつのストーリーとして充分に楽しめる。完成したひとつのストーリーを読むよりも、さまざまなアイディアを読むことは、もしかしたら、読む人のその時々の状況や心理状態などで、無限にストーリーは広がって行く。
もし自分がオートバイに乗る人ならば、それはさらに奥行きを増していくだろう。
ということで、高原や湖、霧のなかにあるホテル、美術館、そして一杯のコーヒーという頭の中にあるイメージを様々に組み合わせて、自分だけのストーリーの中を走ってみよう。

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# by space_tsuu | 2012-03-28 00:00 | 赤い背表紙(短編)

直径1インチのスカイ・ブルー

やや早めのランチを食べにふたりはイタリアン・レストランに入った。
席に着いて注文をし、店内をさりげなく見渡すと、レジの横に本棚を見つけた彼は、ゆっくりとその本棚に向かった。彼女も誘われるように席を立ち、その本棚の中から一冊の本を手にとって席に戻った。
彼女の本は、和食の作り方を英語で書いてある料理の本だった。
テーブルに料理が運ばれてくる間、ふたりはそれぞれの本に気持ちを集中させた。

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サラダが運ばれてきた時に、彼は読んでいた本を彼女に渡し、彼女はそれをとなりの椅子に置いた。
彼が読んでいた本は色の名前についての本だった。彼女はふたたびその本を手にとり、パラパラとめくってみた。
様々な色の名前が綺麗な写真とともに説明されている内容に加え、ところどころにコラムがあった。
ふと、ある文章に目がとまり読んでみると、「夏の晴天の10時から15時の間、水蒸気や塵の少ない状態で、ニューヨークから50マイル以内の上空を、厚紙にあけた直径1インチの穴から約30cm離れて覗いたときの色」がスカイ・ブルーなのだと書かれていた。
彼女の顔に微笑が浮かび、それをぜひとも実行するために、またニューヨークに行かなければいけないという口実ができたわねと、彼にむかって言った。
「その前にマウイ島ではなかったっけ」と言う彼の前に、トマトソースのパスタが運ばれてきた。
それを見ながら、「マウイのトマトも食べなければ」と、彼女は言い、ふたりは笑った。

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# by space_tsuu | 2011-10-25 00:00 | 私の心とその周辺

黒い屋根、グレーのボディに七色の虹

何かが大きく確実に、まるで自分では想像していない方向に向けて変化してしまったと彼女は感じていた。
普段なら感じることのない、どこか不安な得体のしれない感情を心の片隅に感じながら、彼女は本棚へ向かった。
何冊か重ねておいてある絵本の中から彼女は薄くて大きめの一冊の絵本を取りだした。
表紙には、どこか不安げな表情を浮かべた、ふたりとも丸顔の夫婦が寄り添っていた。そのふたりの間から、彼らの不安の原因である不気味なきのこ雲が立ち上っている。
その表紙をめくり、ぱらぱらと中を見ていくと、カラフルだった色合いが次第にくすんで汚れていく。
パレットにとった単色づつの絵の具を無造作にかき混ぜていくように、自然の美しさを人間が汚していく。
裏表紙には、ある瞬間をコマ送りのように細かく分けて夫婦の足の裏が描かれている。そしてひと言「blimey」という言葉が吹き出しにある。

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暖かい陽射しを感じてふと、窓の外を見てみると、久しぶりに見た雲ひとつない青空が広がっていた。
どこを走ったらこんなに汚れてしまうのかというくらいに泥だらけになっていた車をやっと洗えると思いつき、彼女はガレージに向かって階段を降りた。

彼女の心とはうらはらに、暖かい陽射しとどこまでも澄み切った深い青空が幸せの象徴のように彼女の頭上に広がっていた。
ガレージからオープンカーを出し、エンジンを切って、勢いよく車に向かってシャワーをかけ始めた。
ギャラクシーグレーマイカという色のボディを背景に細かい水しぶきの中に彼女は小さな虹を発見した。
水をかけるふとした角度によって現れる、そのきらきらと幻のように輝く七色の虹を見つけた瞬間、ここ数日忘れていた小さな幸せにも似た安堵感を覚えた。
大きく変化したどこへ行き着くともしれない流れの中に、これだけは決して変わることのないものが自分の中に確かにあるのだということを確認できて、彼女はほんの少し嬉しくなった。そしてさらに車にシャワーの水をかけ続けた。

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# by space_tsuu | 2011-04-08 00:00 | 私の心とその周辺

夏と少年の短篇

ずっとやりたかったことをひとまず終えてしまうと、祭りの後のようなどことなく寂しいような空虚な気持ちになる。そんな時には片岡さんの小説がいいと思い、手にしたのがこれだ。
まだ時おり春の雪が舞っている中で読む真夏の小説は、心の中に夏のまぶしく暑い陽射しを呼び込んでくれる。
その中に、理想的なあり方を提示してくれているような文章を見つけると嬉しい。

「小夜子は人に対して冷たいのではなかった。自分の息子も含めて、すべての人に対する距離の取りかたに、彼女独特のものがあるだけだ。
粘ったところのまったくない、あくまでもさらっとした距離感であり、なにごとにせよ相手に無理に引き受けさせることをいっさいしないかわりに、相手に対する過剰な期待もなにひとつ持たないという、わかりやすいと言えばたいへんにわかりやすい距離の取りかただ。」

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さらに、次に抜粋した文章は、子供の頃に屋根に寝そべって空をながめた時の記憶を引っぱり出してくれた。

「これ以上なにもいらないと思いつつ、裕一は大きくのけぞり、後方の空を仰ぎ見た。ちぎれた白い雲がひとつ、かなりの速度で海岸と平行に流れていた。いまの自分がさらになにかを望むとするなら、あの雲を追いかけることくらいだと、裕一は思った。空はふたつあった。いま彼が見ている空と、裕一の頭のなかにある空のふたつだ。どちらの空も、夏の朝のまっ青な広がりだった。その空を、白くちぎれた雲が、追う人にとって快適な速度で、どこかにむかって流れていった。」

片岡さんの小説では、時おり、こうした食事についての文章を読むことができる。
そういえばそうだった。固ゆで卵とエスプレッソを忘れていたではないか。
読んでいたら無性に食べたくなってきた。明日の朝に真似してやってみようか。

「朝食が面白いよ、恵子さんは。エスプレッソと固ゆで卵なのよ、いっつも。毎日、毎日、おんなじ。朝食だけはね。もうずっとそうなんだって。エスプレッソ・マシーンというのがあって、小さなカップにエスプレッソが二杯、同時に出来るの。カップは三十個くらいあって、おなじものはないの。みんなちがうの。どれとどれの組み合わせにするか、というところから恵子さんの朝食は始まるのね。卵は固ゆで。ひとつだけの日もあれば、ふたつのときも、そして三つのときもあるの。日によってちがうのよ。固ゆで卵にタイミングを合わせてエスプレッソを二杯作って、食べるわけ。ふたつのカップを左右に置いて、両手に交互に持って飲むのよ。そして卵。スプーンの縁で叩いて切れめを入れて、ふたつに割るの。そしてスプーンですくって食べる。塩を少しづつつけて。最高なんだって。高校生になったら、私も始めるから。ほかにも野菜やトーストを食べるんだけど、まず最初は、ほかのものは邪魔くさいからどかしておいて、エスプレッソと固ゆで卵を恵子さんは楽しむのよ。ほかのものをいっしょに食べると、余計な味が混じって嫌なんだって。エスプレッソと固ゆで卵を食べ終わってしばらくしてから、野菜とパンを食べてる。パンは固めのを二枚、かりかりにトーストして、なんにもつけずに」

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# by space_tsuu | 2011-03-11 00:00 | 白と青緑の背表紙

タイプライターの追憶

写真を撮ることが昔から好きだった。
今思い返せば、写真に興味を持った最初の記憶として幾度も呼び起こされるのは、
画面の中に六角形の光が数珠つなぎになったような写真を撮ってみたいと思ったことだ。
中学か高校くらいの時に父のカメラを借りて、何度か試しに撮ってみたりしたがうまくいかなった。
写真部に入ろうかなどとも考えたこともあったが、実行に移さなかった。

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大人になってからは、ただ気のむくままに、なんの知識もないまま適当にその時に気にいったカメラを買ったり、水中カメラを買ったりしたこともあった。
ある日、インターネットの中で、不思議な写真を見つけた。
真ん中が丸く明るく外側の四すみに向かってだんだん暗くなっていく写真だ。
なんだこの写真はという興味からいろいろ調べてみると、ロモというトイカメラの存在を知った。
ロモを買えば私もこんな素敵な、雰囲気のいい写真を撮れるに違いないと思った。
そして買ってみて、写真の出来映えを見て愕然としてしまった。
現像してできあがってきた写真はどれも大失敗だらけだった。
その頃から、ますます写真に興味を持ち始めて今にいたるのだが、ふとある日、「タイプライターの追憶」をぺらぺらとながめて、ものすごく驚いてしまった。

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大好きなこの本をめくればめくるほど、この中の写真たちが私の中にいかに影響を与えているのかを発見することができる。
フェリーの上で撮った写真、ホテルの一室でのベッドの構図、ベッドのわきに置かれた電話、テーブルに置かれたキー、街灯の様子。
私が撮った写真と構図がほとんど同じだ。
知らず知らずのうちに、私の中に蓄積されつつあった構図たちは、この本の中にあった。
何度ながめても、いい。そうだ、私はこういう写真が撮りたいのだとしみじみ思う。
また写真を撮りにどこかに旅に出たい。

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# by space_tsuu | 2011-03-10 00:00 | 赤い背表紙(中編)