カテゴリ:テディ片岡( 2 )

盗用を禁ず だじゃれ笑学校

この本は、片岡さんがテディ片岡として、しとうきねおさんと出したものだ。

本書の概要として、「本書は、だじゃれに関しては、その先天的才能にめぐまれ、天才馬鹿といわれる著者二名の、ふとした冗談から生まれ、彼らの相互協力と呻吟の末に、すべてを吐露し、ついに、本邦初公開となった逸品である。」と書いてある。

効能まで書いてある。

「活力精力推進力遠心力気力魅力経済力浮力握力膨張力努力腕力機動力圧力重力増進剤。」だそうだ。

内容は、くすっと笑ってしまうものや、バカバカしく、しょうがないなあと苦笑いしてしまうもの、Hなもの、ちょっと汚いもの、へぇ、なるほどとタメになるものまでいろいろだ。

だから、この本はどこから開いて読んでもいいので、毎日、適当に開いたページを見て、くすっと笑って置いておくという使い道もいいかもしれない。


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最後のほうにある「笑いのノート(7) 一億人の中のたった一人」というショートストーリーは、この本の中では少し異質な感じがした。

テツオという主人公が、どこへいっても、なにをしていても、まわりの人たちからジロジロ見られ、時には、他人の視線を意識したとたんに大汗がふき出したりする。その描写がとてもリアルなので、片岡さん自身もこんなことを体験したことがあるのだろうかと思いながら読んでしまった。

それにしても、このストーリーの結末は思いもよらないもので、私が昔好きで読んでいた星新一さんのショートショートと重なり合った。


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裏表紙に、著者ふたりの会話が載っているので、引用しておこう。


しとう「この本はだじゃればっかりのおかしい本だ。しかもオリジナルばかりだ」

片岡「だから”盗用を禁ず”と入れたんだ。でも、さかんに盗用してもらいたい」

しとう「そのとおり。大勢の若い人たちに手伝ってもらってつくった、だじゃれの宝庫だ」

しとう「だじゃれはいま大ブームだが、たてまえや理屈にからめ取られそうになっている現代人にとって、ストレト解消の道具といえる」

片岡「賛成だ」

しとう「ボクはテレビでいつもだじゃればっかり言っている。現代の社会のなかに山積みしている難問題の本質にせまるには、頭脳は柔軟でなくてはならないからだ」

片岡「発想の革命ということだね」




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by space_tsuu | 2018-09-12 00:00 | テディ片岡

意地悪ポケット本

もうひとりの片岡さんであるテディ片岡の『意地悪ポケット本(こんな楽しみ、やめられない)』
しとうきねおさんとの共同作業によるウィットに富んでいてちょっとHな文庫本だ。

最初にこの本を読むにあたっての心得が書いてあったりする。たとえば「手にとるたび、軽く会釈すること。かといってかしこまりすぎぬよう、内容を十分に味わうだけの落ち着きを持ちたい。」とか(笑)
中の文章はどちらが書いたものかは書かれていないので、これは片岡さんが書いたものだろうかなどと推理しながら読むのもまた面白かった。

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「石ケンについての四次元的思考」で石ケンはたとえば一粒の小さな錠剤に姿をかえて、体が汚れたなと、と思ったらその錠剤をひとつ飲むとか、レーザー光線が石ケンになって、その光線を浴びるとアカや死んだ古い細胞がとれてしまう工夫について書かれていたりする。きっとこのあたりが片岡さんのアイディアだと確信している。
『ガラス・コップにおける過去・未来』というのもきっと片岡さんに違いない。そのまま引用させてもらう。
「ガラス・コップは、空のまますごした過去と、水をたたえてすごした過去を持ち、現在もまた、過去と同じようにふた種類ある。そして未来は、ガラス・コップが割れて砕けた瞬間からはじまるのだ。
そして、空でいるかぎり、、あるいは、水をたたえたままでいるかぎり、ガラス・コップは永遠に現在だけをつづけていくことになるのだ。伏せられているとき、あるいは、横たおしになっているときのガラス・コップは、どう理解すればよいのか。」

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最初のページのほうに載っているかわいい片岡さんのイラストを微笑ましくながめつつ、私は真剣にこのことについて考え始める。伏せられている、あるいは、横だおしになっているということは、異次元ということとして理解すればよいのではないか、またはワームホールの中の「無時間」とか、いくつもある別の宇宙の中のひとつなど、いろいろ浮かんでは消えていくが、もう少しましな考え方があるのではないかとさらに思考は深まっていく。
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by space_tsuu | 2005-02-09 00:00 | テディ片岡