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LONESOME COWBOY

ある日、「LONESOME COWBOY」という写真集がVOYAGERさんから届いた。

「サポータってなんだろうね、よくわからないな」という片岡さんの一言から、佐藤秀明さんのアメリカ行き『ロンサム・カウボーイふたたび』につながって、そのお礼としての写真集が、片岡義男.comのサポータたちに届けられたのだ。

しかも無料で。

なんという素敵なプレゼントなんだろう。

なにげない毎日を送る中で、こんな素晴らしい出来事が起こるなんて、そうそうない。

佐藤秀明さん、片岡義男さん、そして片岡義男.comに関わっている全てのみなさんに、本当に感謝します。

ありがとうございます。


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この写真集は1967年から2017年までの50年間、佐藤秀明さんが撮り続けた写真から、選びに選んでできた一冊だ。

ページを開くとすぐに、3時間以上もかけて書いてくださった佐藤さんのサインがあり、さらにめくっていくと、アメリカで最も孤独なハイウエイとしてライフ誌に取り上げられたというネバダの50号線の写真がある。

道路の真ん中に、イメージの中で自分を置いてみたが、圧倒的な風景の前に、それはすぐさまかき消されて、その雄大な自然の中にとりこまれていくように感じた。

けれども、ここに実際に立ってみたいという気持ちは、ふつふつと湧き上がってくる。


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そんな気持ちになりながらページをめくっていくと、ラスベガスにある巨大な白いハイヒールの写真に出会った。

巨人になった私が、この大きなハイヒールをはいて、ネバダの50号線のど真ん中に立ち、前方にそびえる山々をながめたら、とても気持ちよさそうだ。

昔と変わらず、そこにそのままあるものもあるそうだ。たとえば、このビリヤード台のように。

私も行ってみたい。この目で見てみたい。


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「なんということもない、ごくあたりまえのアメリカの人々が、ごく普通の町なみや風景のなかにいて、日常の生活を送っている。そこへぼく自身を置く。普通の人々が平凡な風景のなかでくりかえしている生活を感じとるためだ。そして、ぼく自身をも含めて、その光景ぜんたいを、もうひとりのぼくが、別のパースペクティヴをもって描いていく。こういった、パースペクティヴの移動ないしは転換は、仮設をこえて、感覚のよろこびになりうる。」と、片岡さんは『ロンサム・カウボーイ』のなかのあとがきに書いている。


この写真集では、そうしたごくあたりまえのアメリカの人たちの日常も見ることができる。片岡さんが、そうした風景を書くことによって描写し、よろこびを感じたように、佐藤さんは写真を撮ることによって、様々なことを感じたのだろう。

その一端を片岡義男.comの「写真は語る」で読むことができる。


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「LONESOME COWBOY」と声に出して言ってみると、私は1982年のパイオニア・コンポーネント・カーステレオ Lonesome Car-boyのテレビCFを思い出す。

スペルを見ると、Cowboy(カウボーイ)ではなく、Car-boy(カーボーイ)だ。

探してみると、すぐにYouTubeで見つけることができた。

バドワイザーの缶を淡々と打っていくシーンに片岡さんの、これも淡々と、しかもテンポよく発せられる言葉が重なっていく。

「荒野はどこへ行ってもふるさとだ」というセリフを聞いて30年以上の時間がふとどこかへ消えたように感じた。



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最後に、この写真集の最初のほうに書いてあった『空のはた織り機 テワ・プエブロ族の詩』(金関寿夫「アメリカ・インディアンの詩」中公新書より)から、少しだけ抜粋しておこう。



朝の白い光を縦糸にして

夕方の赤い光を横糸にして

降る雨を縁(ふち)ぶさにして

空にかかる虹を縁(ふち)どりにして


わたしたちに光の衣服(ふく)を縫ってください


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by space_tsuu | 2018-10-19 00:00 | 写真集(佐藤秀明)