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今日は口数がすくない

「今日は口数がすくない」では主人公の彼は三人の女性の深酔いにつきあった。
この三人とは別に、一番最後に彼のお姉さんが登場する。
彼女はものすごく美人で読書が大好きだ。
大型二輪の免許もすんなりと取得した。いろんな意味で弟は姉に頭があがらない。
この姉も男を相手に深酔いすることがあるのだろうかと弟は思う。
飲ませればいくらでも平気で飲むという話しを人づてに聞いた覚えがあったりする。
これはきっと骨格のせいで、たいていのことをすんなりとこなしてしまえるのは、この骨格のせいだと彼は主張していたりする。

片岡さんの小説には、時々、このように「骨格」の良し悪しについて出て来たりする。
そのたびに、私は自分の全身の骨格をレントゲン写真で見てみたいと思う衝動にかられる。
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# by space_tsuu | 2004-04-10 00:00 | 赤い背表紙(短編)

ラジオが泣いた夜

「白い町」というストーリーは、トニーとベリンダという一組のカップルの話しだ。
ちょっとしたいさかいと言い争いを何日か前にしたのだが、二人は週末に会うことにした。
その時に着ていくドレスを彼女は新しく買った。そのドレスは「白」だ。
ベリンダの髪はプラチナ・ブロンドに近いごく淡い金髪で、いつも艶を放っている。
トニーと会う時のために白のショーツも買った。
だが、トニーは白のドレスは着てくるなと言う。そのドレスを着てくるなら、せめて赤い口紅をつけてこいと言う。なぜなら白すぎるから。

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白い建物をバックに真っ白なバスが白い広場にとまっている。
その場所が彼と彼女の待ち合わせ場所だ。

この後のストーリーを再び読み返していたら、松田優作の殉職のシーンをふと思い出した。
彼も確か全身真っ白なスーツ姿だったのではなかったか?

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# by space_tsuu | 2004-04-08 00:00 | 赤い背表紙(短編)

微笑の育てかた

片岡さんにとって、このような短いストーリーとはなにかというと、登場人物がなにごとかを体験し、そのことによって体験前とはいかにささやかであっても彼あるいは彼女が、とりかえしのつかない決定的な変化をくぐりぬけている様子を書いたものだとあとがきに書いてある。
さらに、登場人物にとっては自分がなんらかの変化をこうむる体験であり、読む読者にとってはカタルシスであるようなひとつの出来事が書けたなら、それはストーリーになっているはずだと思うと続いている。

現実の私は精神的に抑圧されている状況にはないけれど、片岡さんのストーリーを読んで自分が体験したことがない状況を疑似体験し、その中で浄化されていくのを感じる。
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# by space_tsuu | 2004-04-06 00:00 | 赤い背表紙(短編)

雨のなかの日時計

『ついていけなかった』というストーリーの中で、彼と彼女は色彩感覚の違いで別れたという箇所がある。
その中の彼と彼女の一説を抜粋してみた。

彼「たとえば太陽。きみの太陽は赤くない」
彼女「太陽が赤いわけないでしょう」
彼「太陽は赤だよ」
彼女「月は?」
彼「黄色だ」
彼女「太陽が黄色よ。あるいは、白」
彼「それは変だ。では、君の月は、何色なんだ」
彼女「ブルーです。あるいは、ブルー・グレイ。グレイだけでもいいわ。グレイなんて、およそ無限だから。月の色も無限よ」

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私にとって、このやりとりは、ずっと心に残っているものになった。
何かあるたびに、この台詞のやりとりを思い出した。

もしかしたら、自分に見えている色彩と人が見ている色彩とはまったく違うものなのではないのか?と。
色盲や色弱という身体的な違いは別として、色彩だけに限らず、形や味や感覚や様々なものに対してそう感じていた。
あたりまえだと言われれば、それまでだけれど、きっと一人一人違うのだろう。
その中でどれだけ共感できるものがあって、自分と似ているなと思う部分が多いところに
人は親近感を覚えるのかもしれない。
逆に違う部分に興味をそそられるということもあるだろうけれど。

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# by space_tsuu | 2004-03-29 00:00 | 赤い背表紙(短編)

私はいつも私

三年続かなかった結婚生活に終止符を打ち、離婚が成立した彼と彼女だったが、離婚した当初はもう会うこともないだろうし、二度と会わなくてもいっこうにかまわないという気持ちから、ほんの数カ月の間に、会いたくてたまらなくなるという気持ちの変化に耐えきれなくなり、会うことになった。

会ってみると、なぜ離婚してしまったのかのかという質問が彼の心の中に広がっていく。そして、結婚したということ、そのことだけがいけなかったのだと気づく。
結婚など必要ではなかった。結婚する以前の関係をそのまま続けていればよかったのだと確信する。

ある日、夕食を食べながら、彼女がずっと焼き鳥を焼き鳥屋さんのカウンターで食べることに憧れていたと話す。
「なぜ僕に言わなかったんだ」
「言わなかったことって、おたがいに多いのよ」
と彼女は言う。

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このふたりの離婚の原因は、この会話のなかに出てくる「言わなかったことって、おたがいに多いのよ」という部分だ。いくつかあるなかで、彼女が彼に対して、一番ひどいと思ったことは「おにぎりの話」だった。

それは、彼の仕事仲間の女性が「人に言えない秘密」というテーマで連載を書かなくてはいけなくなったので、彼にそういう秘密を教えてほしいと言われた時に、彼は自分の奥さんではなく、別の女性の節子さん、あるいは節子さんのような人におにぎりを作ってもらって食べたいと言った。
その会話の中で、おにぎりには性的な意味があって、お米だし、形も生命の素のようであり、口説いてホテルの部屋へいって、というようなことではなく、もっと深い、根源的ななにかなのだと仕事仲間の彼女は言う。

そのことを仕事仲間のその女性が彼の奥さんに、ごく軽い世間話のつもりで、おにぎりに隠された深層心理的な性の世界を、面白く強調して語った。
それを聞いた彼女は、自分とはまるっきり違うタイプの女性にそんな気持ちを密かに持っていて、奥さんである自分にはおにぎりなど作ってもらいたくはないと、自分以外の人に平気で言う人に耐えられないということが離婚の原因のきっかけだった。

このストーリーを読んで、私は自分の中にあったモヤモヤとしていた霧が晴れたようだった。
私は以前から、人がにぎったおにぎりを食べるのがどうも苦手だった。
母親や小料理屋さんで食べるおにぎりは別として、だれか知り合いの作ったおにぎりだ。
その人を嫌いだからということではなく、おいしいとかおいしくないとかそういうことでもなく、何か違和感があった。
それは、きっと、おにぎりが性的なもので人間の本能に関係してるものだからなのかもしれない。
小料理屋さんで食べるおにぎりは、おにぎりではあっても、またちょっと意味合いが違ってくるので平気なのだろうか。

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# by space_tsuu | 2004-03-22 00:00 | 赤い背表紙(短編)